第299話
扉がノックされて、公爵は返事をした。
「誰だ?」
「アイラ・ジョシュアです」
「入りなさい」
扉が開いて、アイラが首長室に入ってきた。少し息が荒いから、走ってきたのだろう。
「すいません、遅くなってしまって」
「いや、大丈夫だ。肝心の議題に今入ろうというところだから」
「話を戻しましょう。して、和平という話は」
「ああそうだ。本気で言ってるのかね? 二人とも」
「ええ、本気です。それしかないと考えてます」
「私も同意見です。あと十日しかないわけですから、戦争をこのまま武力で終わらせるのは不可能でしょう」
「困るわね、最高戦力のあなたがそのようなことを言っては、ホホホ」
「子爵、今はそういうことを話しているわけではないのです」
「そうです。今は戦略の話をしなければならないのですよ」
アイラは、何枚かのボロボロになった紙を出した。僕たちの話に参加するのとは別の用事もあったらしい。
「これは?」
「不明だったシャラパナ地方都市の被害状況です」
「……」
セルギアン公は、すべての紙に目を通していった。
「……笑えないな、これは」
「一体何が書かれておりますの?」
横から紙をのぞいたザラ子爵は絶句した。
「アイラ、ここに書かれてあることは真実で間違いないな?」
「ええ、そうです。ほぼ全ての都市がとうに陥落しております」
「「「……!」」」
これだけの状況ならば、そうなるのも納得ではあるけれど、いざ言葉にしようものなら、かなりショックな内容だな。
「このような状況で、果たして和平などと」
「もし仮にこちらが納得したとしても、きっと向こうは」
「そうだな、和平に応じるわけがない」
ワイド伯の立場からしてみれば、有利に立っているのだから、わざわざこのタイミングで和平に応じるわけがない。
どうすれば……どうすればいいんだ。十日でたどり着くにはあまりに遠い道のりに感じてしまう。
「そもそも、これだけやられておいて、和平にするなど、国民が納得するわけがない」
「そうなれば、今度は反乱が起きかねませんね」
アイラはため息混じりに言った。そこまで気にしなくてはならない。政治ってのは、自分が外から見ていたのよりも数段難しいらしい。
それら全てを十日以内にクリアするには……
「では、十日以内にシャラパナが有利な戦況まで持って行って、その上で和平を結ぶしかありませんね」
「簡単に言ってくれるわね、ホホ」
そう、言葉にすれば、要はそういうことだ。戦況を回復させるってのは、具体的にはシャラパナの元の国土を回復するくらいだろう。今、シャラパナはその領土の八割がたを失っている。これは不利以外のなにものでもない。
それを、もともとこの戦争が始まる前に戻さなくてはならない。少しでもやられた状態でこの戦争が終結してしまえば、終わった後にシャラパナ国内から不満が出てしまう。
「それがあまりに難しいから、こんなにも頭を悩ませているのだよ。それとも君には何か考えがあるのかい、シルバータ?」
「まだ、シャラパナ中央部、西部を取り戻す拠り所は残っています」
シルバータさんは書き込みと折れたシワでボロボロになってしまったシャラパナ全土の地図に歩み寄ると、ある一点を指差した。
「ここ、ここからはいまだに陥落した報告が届いておりません」
「……確かに、そこは」
「唯一、全く状況が読めてない街ですわね」
彼女が指し示したのは、商人街フォッケトシアだった! 行ったことある街だ。あそこのソングライン侯爵には世話になった。彼女は今無事なのだろうか?
いや、彼女自身は大丈夫だろう。あの人は悪魔だから。本気になれば、ほとんどの将官を上回るほどの戦力を持つ彼女がメイデン少将を手玉に取る様子は鮮烈に記憶している。
しかし不思議な話だ。他の街はすべて陥落したというのに、フォッケトシアだけは陥落した報告が来ていないらしい。あの街は確かに栄えているものの、所詮は商人の町だ。軍事力がそこまであるとは思えない。それなのに、いまだ陥落していないというのか。
「フォッケトシアが気がかりなのは間違いないが、しかし今のこの状況でどうしてそこなのだ?」
セルギアン公は聞いた。
「もしもフォッケトシアが陥落しておらず、持ちこたえているのだとすれば、そこを周辺都市奪還の足掛かりとすることができます。幸い、フォッケトシアには資金力もありますし」
「確かに、西部、中央部はそれで何とかなりそうですわね」
「じゃあ東部は?」
「先日の戦争で奪還したエルマンテを起点にすべて取り返しましょう」
なるほど……今エルマンテはホルンメランの軍に攻撃されて、いや、サーバリの攻撃によって軍団がすべて壊滅している。つまりは軍事的に抵抗する力が全くないのである。
フォッケトシアとエルマンテ、この二つの都市をまずは抑える。そうすればそこからシャラパナ全土を奪還することさえも可能になるかもしれないのだ!
「それで、エルマンテには誰が行く?」
「私が単独で行きましょう」
シルバータさんが名乗り出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます