第298話
アイラは話を急いだ。
「それで、サーバリっていう偉そうな龍が私たちに試練を課したってわけね」
「ああ、十日以内にこの戦争を終わらせなくてはいけない。そのために僕たちはセルギアン公に話がしたいんだ。どうかアイラ、取り次いでくれないか?」
彼女はうつむいて顎に手をあてた。
「難しいわね……彼も今はとんでもなく忙しいもの。それこそ私以上にね」
「だけど、十日しかないんだ。僕たちのほうが、いや、人類全体が急いでいるんだ!」
「分かってるけれど、彼がその話を信じるかどうかが問題よ」
「そこはアイラの手腕次第じゃないか」
「……あなたも言うようになったわね」
アイラは苦笑いした。
「いいわ。私がなんとか取り次いであげる。だけど多分ちょっとの時間しかとることはできないわ。その短時間の間に何とかしてちょうだい」
「ありがとうアイラ!」
「私からも感謝申し上げます、ジョシュア伯」
「いいのよ、私も普段から無茶言ってるしね。それに私だって人間の一員なんだから、試練を乗り越えなくちゃ困るわ」
とりあえず、これで試練クリアのための第一歩は踏み出すことができた!
アイラから連絡が来たのは、それから一時間弱が過ぎたころだった。
「セルギアン公が今から十分だけ時間を作れるらしいから、すぐに官庁の首長室までいらっしゃい」
との彼女からの連絡に従って、僕とシルバータさんは一緒にそこへと向かった。
首長室の中には、疲れ切った顔のセルギアン公とザラ子爵がいた。
「よく来たね、二人とも」
彼は今できる精一杯の笑顔で僕たちを迎えてくれた。
「大丈夫ですか、公爵! かなりお疲れのようですが」
「大丈夫だよ、シルバータ。こんな一大事に疲れて休んでいるわけにもいかない。僕はまだまだ大丈夫さ」
「しかし、さすがに連日の激務は身に堪えますわね、ホホ……」
ザラ子爵も、化粧ではもはや隠せないほどに顔色が悪かった。
「まあ、忙しいのは紛れもない事実だ。それゆえに今は時間がない。いきなりだが用件を話してくれ」
僕はかくかくしかじか、事情を話した。
「……それは」
「にわかには信じられませんわね、ホホホ」
当然の話だな。この二人は直接龍の姿を見たことがないのだ。二人の中では龍なんて所詮伝説上の生き物に過ぎないのだろう。
「しかし、シルバータまでもがそれを真実だというとはな」
「ええ公爵。私も直にそのサーバリと名乗る龍に会っています。それも二度」
「君がつまらない冗談を言うとは思えない。しかし、それにしてもこの話はあまりに荒唐無稽だろう」
「それは重々承知しております。ですが、これはすべて事実です。あと十日でこの戦争を終結させなければ、僕たち人間は滅んでしまうのですよ!」
「滅んでしまう? その龍と名乗る者が人間を滅ぼすというのかしら?」
「ええ、その通りです」
「それならば、人間が龍を返り討ちにしてしまえばよろしいんじゃないかしら? 聞く限りその龍とやらは数がそこまで多くはないようだから」
「無理ですよ、それは」
シルバータさんが言った。
「あら、古今無双のあなたとは思えない弱気な発言ね」
「恐れながら、龍は人間が対抗して互角に戦えるような生易しい相手ではありません。場合によってはたった一匹に国一つを滅ぼされる可能性さえも考えられます」
「それほどなのか……」
「まるで天災ね」
「ですから、人間が龍たちに立ち向かおうとしても、万に一つの勝ち目もありません」
実際に龍と戦ったのは、シルバータさんしかいない。ベルスニーチェの王とその軍団は不遜にも龍に立ち向かおうとしたものの、一瞬にして壊滅させられてしまっていた。
つまるところ、唯一龍と戦うことができた彼女が言うのだから、それ以上に説得力のある言葉はないのだ。
「非常に不本意だが、その龍の試練には従うしかないのか」
「ええ、ですから私たちが存続していくためには、この試練を乗り越えるしかないのです。さもなければ、たとえ戦争を生き残ったとしても、今度は龍に滅ぼされてしまいます」
公爵は、その身分を丸ごと忘れ去ってしまったかのように椅子の背もたれに寄りかかって天を仰いだ。腕はぶらんと脱力して垂らし、大きく一つため息をついた。
相当な激務の中で、こんな途方もない話をされても困るのは確かに分かる。けれども僕たちだって引き下がれない。
「それでですね、この戦争を終わらせるために、僕たちは和平を結ぶべきだと考えています」
「和平だと?」
「あまり嬉しい提案ではないわね」
二人の反応は想定内ではあった。
「裏切り者にここまでやられて、黙って刃を納めろというのか?」
「あなたたちだって、さんざ苦しんだでしょう? それなのに、いくら試練とやらのためだからと言って、納得できるのかしら?」
そりゃ納得できないところはある。だけども、大人にならないとダメじゃないか。なんせ、今僕たちはこの世界の全人類の命を背負っている。前線の指揮官にも、一国の王にも扱えないほどの重さの命が、のしかかってきている。
なんと反論すればよいか、言ってやれることは確かなのに、その言葉だけが見つからないでいた。そのうち、首長室の扉がノックされた。
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