第297話
一瞬、部屋全体が固まってしまった。
「十日?」
「そうだよ」
「それは、いささか短すぎやしませんか?」
「時間が解決するようではいけない。あくまで君たち人だけの力で戦争を終わらせなくてはならないんだよ。だから、時間は最低限だけだ」
しかし、十日でできることなんて……
「僕は君たちの十日間を見ているよ。君たちが何を試みるのかをね」
サーバリは立ち上がった。
「じゃあ、一旦失礼するよ」
流れるようにドアの方へと行く彼を一応追いかけてはみるけど、なにもかける言葉が見つからない。いまさら何を言ってもこの試練は避けられないのは分かってる。しかしなんとなく、ドアの前で出ていくサーバリの背中を見つめていた。
部屋の空気は、二人になってもなお重かった。シルバータさんは、二つになった器に新しい茶を注いだ。
「……どうします?」
「どうって……」
「でも何かしないとどうにもならないでしょ? できることはやらないと」
「戦争っていうのは、どうやったら終わるんです?」
答えが分かっているようで、定かではない素人の疑問だ。
「うーん、片方が完全に滅ぶか、それとも戦況によって締結される和平ですね。それか、めずらしいですけど、両軍が何らかの理由で引きあげてしまうとかですね」
「どれが一番簡単?」
「うーん、どれもケースバイケースといったところですけれど、和平を結んで戦いを止めてしまうっていうのが、一番早い気がします。それでも十日ってのは随分な無茶ぶりですけどね」
そんなことは分かっている。そもそも初めからただ事じゃないような理由で始めた争いなのだ。ちょっとやそっとのことで終わるわけがない。
しかし、それでもやらなければならないだろう。なんせ僕は人類の命運を握らされてしまっているのだから。
「じゃあ、セルギアン公とワイド伯の間で和平を結ばせることが出来たら、戦争は終わるのか……」
「……散々分かっていることですけれど、言葉にしてみるとなかなかに厳しさが浮かび上がってしまいますね」
シルバータさんは苦虫を嚙み潰したような顔をしている。今戦争をしている最中の二人のリーダーがおとなしく相手に向けた剣を下ろすわけなんてない。むしろ関係は最悪だろう。ワイド伯はもともとセルギアン公のもとにいた諸侯の一人であるのにもかかわらず、反旗を翻した。そして今の状況だ。二人がおとなしく話し合いの場に出ることさえもほとんど不可能だと思われる。
でも、それをなんとかしてやり遂げねば人類に未来はない。
「セルギアン公に話を聞かないと何も始まらないですよね」
ワイド伯はともかく一旦は置いておくとして、今近くにいるセルギアン公に会って話を聞かなければならないだろう。彼の話を聞いて、和平への糸口がないかを探し出すのである。
「今会えるでしょうか?」
ここ数日の公爵は前述の通りなにやら忙しいらしく、その姿は公に出てきていない。僕たちが今会いたいと思ったところで会えるかどうかはかなり疑わしい。けれど、そこも希望はあった。
「アイラにお願いしてもらいましょう。彼女ならば、公爵にだってそのくらいのことを頼めるはずだから」
「ジョシュア伯にサーバリのこともお話しするのですか?」
シルバータさんは心配そうな顔をしていた。アイラにあの龍のことを話したところで、失笑されてまともに取り合ってもらえないのではないかと考えてしまっているらしい。
しかし僕はそんな心配はないことを知っている。
「大丈夫です、アイラはきっと理解してくれるし、大きな力になってくれるはずですよ。だから、彼女にはこのことを知らせておくべきだ」
多少強引なところがあるにせよ、アイラの聡明さは信頼している。だから確信しているのだ、彼女には言っても大丈夫、いや、言うべきだと。
「では、他の人にはどう説明するのですか?」
「生物開発課の二人には正直に言おうと思います。他の人たちは……なにか他の言い訳を考えておきましょう」
全員に正直に言うことを、きっと龍は許さないだろう。もしもみんなにこのことを話しても、大半の人間は信じないだろう。仮に信じたところで、みんなは一時的に戦争を中断するという選択肢を取ろうとするはずだ。でもそれじゃあダメなんだ。試練のためだけに戦争を中断するような意味のないことをあの龍が望んでいるはずはないのだから。
じゃあ、まずはアイラのもとへ。彼女はバーグハーツ官庁にいるのに違いないから、探すのには苦労しなかった。アイラの忙しさゆえにもしや会えないのではないか? と懸念もしたのだけれど、すぐに彼女の顔を見ることができた。
「アイラ!」
「どうしたのこんなところまで来て……シルバータ将軍まで連れて」
「今から時間取れるかい?」
「少しなら」
アイラは僕たちを一室に招き入れた。
そこで、さっき起こったこと、それから試練のことをあらかた話したのだけれど、アイラは驚くほどスッとその話を飲み込んだ。話しておいてなんだけど、かなり意外だ。
「疑わないの?」
「こんな状況だもの、何が起きたところで不思議じゃないわ。それに龍はもう何度も見てるしね」
彼女は少し疲れた笑みを浮かべた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます