第218話
普通の人にしか見えない。この人が私の夫になる人なのかな?
「お初にお目にかかります。シャラパナ公国から参りました、スネル・ソド・シルバータと申します」
「……クラン・マルイだ」
無口な人なのかな? 無表情でそれだけ返してきた。いや、困るんだよな。あなたから何か言ってくれないと私はどうしようもないのだけど。
どぎまぎしていると、侍女の一人が見かねて割って入ってきた。
「王太子殿下、どうぞお座りください」
王太子は、言われて座ると、やはり何もしゃべらない。
そのうち、また扉が開いて、今度はもっと多くの側近を引き連れた初老の男女が入ってきた。
「陛下!」
「両陛下とも、どうしてこちらへ?」
反応から察するに、この人たちはマルイ王国の国王と王妃だ。今日は王太子本人しか来ないというふうに聞いていたのだけど、どういうことかしら?
陛下は、いたってフレンドリーに私に微笑みかけて、対面に座った。
「せっかくだから、息子の嫁を見ておこうと思ってな」
「ええ、さすがに私たちも人の親ですから、気になりますわ」
二人とも、いかにも王族という感じの高貴な雰囲気を醸し出している。王太子と違って随分と愛嬌があるようだし。
「お初にお目にかかります、スネル・ソド・シルバータです」
「マルイ王国国王、レイマート・マルイだ。よろしく」
「王妃のエムよ」
「すまないな、クランは無口だろう?」
「ああ、いえ……」
本人を目の前にしてはかなり答えにくい。しかし王太子本人もそれを聞いて微笑んでいたので、あまり気にしているようでもないみたい。
その後も、私たちの顔合わせだというのに、あまりに王太子がしゃべらないので、レイマート王が話を続けた。
「ところでスネルさんは、軍人をしていたとか?」
「ええ、ずっと職業軍人でした」
「ならば、武芸の方もかなりできるのかい?」
「それなりにはできると思います。今もちゃんと生きていられていますし」
多分、この国の誰よりもできるだろうな。
「ほうほう、それは勇ましいな。強い女性は素敵だよ」
「ありがとうございます」
にしても、本当に王太子はしゃべらないな。どうしたのだろうか? もしかして全く私に興味ない? 望んだ婚礼ではないけれど、それはそれで嫌だな。
顔合わせはそのうち終わった。一旦、自分の部屋に戻ろうかというところだった。
「……スネルさん」
後ろから呼び止められて、振り返ると、そこにいたのは王太子だった。さっきまで何もしゃべっていなかったから、声も分からなかった。
「なんでしょう?」
問い返すと、王太子はなぜかドギマギしていた。
「……あ、あの、すこしお話しませんか?」
「へ?」
え? さっきまでなにも話していなかったくせに? それどころか、口も一回も開いていなかったって言うのに、急にどうしたのだろう?
しかし断ることもなかった。どのみち自分の夫になる人がどのような人なのかは純粋に興味があるわけだし。
「ええ、かまいませんよ」
「では僕の部屋に行きましょう」
彼は、そう言って、私の帰る道とは逆に歩き始めた。仕方がないので、私もきびすを返してそれについて行った。
王太子の部屋は、確かに華やかではあったけど、王族にしてはやけにすっきりしていた。
「あまりものが置いていないんですね」
「ありすぎるのは落ち着きませんから」
「フフ、そうですね、確かに」
ここは趣味が合うかもしれないな。
王太子は部屋のベランダを開けて、そこにあるテーブルへと案内してくれた。庭もよく見える気持ちの良い場所だ。
「ええと、お話するというのは……」
「あまり構えないでもいいですよ、下らない話がしたいだけですから」
さっきまでとは打って変わって、よく話す。
「でも、先ほどは全く喋っていらっしゃらなかったではありませんか?」
「初対面で緊張してしまっていたのです。頑張って何か言おうとしているうちに、両親が来てしまって、ペースを持っていかれてしまいましたし」
「ああ、なるほど……」
確かにレイマート王はかなりよくしゃべっていた。
「だから、こうやってゆっくりとお話ししたかったのです」
いざ、話しだしてみれば、感じのいい人だな。嫌々来てしまったのが申し訳なくなるほどに。
「スネルさんは、今年十七になられたとか。……っと、女性に年齢の話をするのはいささか無礼でしたか」
「いえいえ、まだそんなことを気にする歳でもないですよ。クラン王太子は確か十九だったでしょうか?」
「そんなにかしこまらずに、クランと呼んでください」
「ならクランさんもスネルと呼び捨ててもらって構いませんよ」
普通の人だけど、いいかもしれないな。それこそ、スフレ大佐なら喜んで食いつきそうな良物件だ。少なくとも、あの腹立たしい父と同じ屋敷でずっと暮らしていた時よりかは、この方と一緒に過ごす方が素敵だろうな。
そのあともしばらくの間、空が赤く染まるまで二人で談笑した。驚くほどに話が弾んだから時間が過ぎていくのを全く感じなかった。話したのは、何でもないこと。他愛もないことばかりだったけど、なんだかだんだんと相手の輪郭が浮かび上がってくるような感じがして、楽しかったし、少し嬉しくもあった。
「また、お話ししたいです」
「できるでしょうか?」
「婚礼まではまだ日にちがありますから、それまでは忙しくもならないでしょう」
「クランさんはそうかもしれませんけど、私は色々とあるんじゃないのですか?」
「それも、侍女たちが上手くやってくれることでしょう。あなたはなにも気にかけることはありませんよ」
クランさんは、私を部屋まで送ってくれた。
「では、また明日」
「そうですね。お休みなさい」
もうこれでいいと思えるほどだった。軍人の自分が無くなるのは口惜しいけれど、それでも構わないと思うほど、いい明日が見えた。
翌日も、その次の日も私はクランさんに会いに行った。この知らない国の唯一の慰み。いや、そんなしめじめとしたものじゃない。私は会いたくて、彼に会いに行っていた。
「クランさん?」
「あ、ああ、いらっしゃいましたか」
いつものクランさんの部屋には、国王もいた。
「陛下!」
「ああ、うん、スネルさんか。息子と仲良くやってくれているようだね」
「クランさんがそう思ってくださっているのなら嬉しいです」
クランさんは微笑んでくれたけど、なんだか笑い方がぎこちない気がする。
国王陛下は挨拶だけすると、側近二人とともに部屋から出て行った。
「何かお話でもされていたんですか?」
クランさんに聞いても
「いや、別にこれという話をしたわけでもないよ」
と言ってはぐらかすだけ。何か、親子の間であまり聞かれたくないことを話していたのかな?
「それよりも、今日はあなたの話をお聞きしたい。せっかく今日は天気も良いのだから、そこらを歩きながら話しましょう」
彼は私を連れ出して、城の中にある綺麗な庭に向かった。
「ここに来るのは初めてでしょう?」
「ええ綺麗ですね」
「気に入ってくれてよかった。ほら、青い花はスネルによく似合うよ」
「本当に?」
「そうですよ、美しくも凛々しいところがまさしく」
花に擬えられるなんて女扱い、今までされたことなかったな。
「逆に、僕にはどの花が似合うか、決めてもらえるかい?」
「ええと……」
あの赤い花が似合うと思ったけど、赤い花だなんてまるで愛を伝えているかのようで恥ずかしかったので、
「あの白い花がお似合いだと思います。クランさんの清純潔癖なお人柄を表しているようで」
「そうですか、そう思ってくださっているのなら、嬉しいです」
また彼は笑ったけど、その笑顔はやっぱり曇っていた。
花咲く庭園でいつものように話し込んで、また日は沈もうとしていた。
「あら、もうこんな時間ですね。すいません、今日もこんな時間まで付き合わせてしまって」
「いえいえ、僕も楽しいからいいんだよ。じゃあおやすみ、スネル」
その日の夜更けのこと。また明日、彼に会いに行こうと、浮き足立ちながら眠りに落ちそうになっていた私のもとに、訪問があった……。
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