第216話
軍人としての私のキャリアは順調そのものだった。まるで、私は軍人になるために生まれてきたのだと思うほどに、私は私らしくあれた。
舞踏会を抜け出した私は、非番にもかかわらず、軍部に向かっていた。
「シ、シルバータ少将……なぜこちらに?」
「行くところがなかったので」
何も不満のない軍人としての生活だけど、強いて言うのならば、階級のせいで、年上の人たちが敬語を使ってくるのは、いたたまれない。
私の部屋に入り、応接用のソファに座り込んだ。すぐ後に、ドアがノックされたので、返事をした。
「はい?」
「シルバータ少将ですか? 今日もいらっしゃってると聞いたので」
「入ってください、ファンプール大佐」
スフレ・ファンプール大佐は、私の副官。四つ歳上だから、勝手に姉だと思っている。
「どうされたんですか? 今日は非番だったのに」
「ええ、それで父に舞踏会に連れて行かれたのですけど……」
「ああ、それ……どうせ結婚の話でしょう?」
「はい、そうでした。女って結婚しなければならないものなのでしょうか? ……って、大佐にお聞きすることではありませんでしたね」
「フフ、それって結構な悪口ですよね」
「すいません」
「いや、いいんです。行き遅れはしましたけど、結局は結婚してなくても全く困りませんでしたし」
「やはりそうですよね……あんなボンクラの嫁なんて困ります」
「そんなに酷かったのですか?」
「ええ、親の言うことしか聞かなそうな感じ、見ているだけでちょっとイライラしてきました。あれと一緒になるくらいなら大騒音の戦場の最前線にずっといた方がマシです」
「少将の敏感な耳をしてもそう言わせますか」
十七の私に、歳の近い同性の副官をつけてくれたのは、上層部の優しさと配慮だろう。
こうして悩みを話せるのも、支えになっている。
「でも、私も貴族の坊ちゃんは嫌ですね」
「軍部にもそういう人って来るんじゃないですか?」
「なぜかそうなんですよね。有能だったらいいのだけど。もしも親の権力だけで自分もデキるとか勘違いしちゃってるような坊ちゃんの副官になんてなった日には……」
「そんなこと言ってたら、ほんとになっちゃいますよ? 大佐」
「ウフフ……」
もうここに住んでしまおうかしら。親とも顔を合わせたくないし、ここにいれば私の生き方を否定する人はいない。
しかし、私の父はどこまでも分からず屋だった。数週間後、私はシャラトーゼの宮殿に呼び出された。部屋にいたのは、セルギアン公爵と、父。
「スネル・ソド・シルバータ少将、ただいま参りました」
「いや、スネル嬢。今日私は君を軍人としてではなく、男爵令嬢として呼んだ」
「と、言いますと」
「私の用件で呼び出したのだ」
父の用件というだけで、ろくでもない用事なのは用意に察しがついた。
ろくでもない用件の内容は、セルギアン公の口から語られた。
「実は今、北方のマルイ王国から縁談の話が来ているのだ」
マルイ王国、ここから北西の方角の小国。
大体察しがついたから、もう帰りたい。
「相手はマルイ王国の王太子、クラン・マルイ殿だ。歳は十九だという。誰かいい相手がいないか探していたところに、君の父上が『娘を』と君を推薦してくれたのだよ」
まあ、そんなところだと思ったよ。結局、父は貴族の体裁にしか興味がないと見える。私の自由なんてのはないんだ。
マルイ王国の事情を知っているからこそ、この政略結婚には気乗りしない。
「北のマハジャが怖いからシャラパナに泣きついてきているのでしょう? どうしてこちらが応えてやる必要があるのですか?」
「こら! 口を慎みなさい!」
「慎むのは父上の方でしょう!」
「まあまあ、そこは私から説明しよう」
セルギアン公は、私たちの親子げんかに苦笑していた。
マルイ王国の危機をなぜ救う必要があるのか、公爵は語り始めた。
「今、君の言う通り、マルイ王国は北のマハジャの脅威に怯えている。そして、シャラパナはこの件には全く関係していない。しかしな、もしもこれでマルイ王国が滅んでまるまるマハジャの領土になってしまえば、結構な近さのところにマハジャ教国が迫ってきてしまうのだ。これではシャラパナにも脅威が及んでしまう」
「だから、盾にするためにマルイ王国を助けようっていうんですか?」
「言い方は悪いがまあそんなところだな」
「それで、そのための人質に私が選ばれたというわけですか」
「こら! 人質とはなんだスネル! 名誉なことだろう!」
「それは父上の名誉でしょう? 私にとっては軍人であることの方が名誉です」
私は、部屋を飛び出した。
しかし、今回は今までのように逃げることもできない。セルギアン公の命令が下れば、逆らうことはもうできない。父め、私が逃げられないようにしたんだ。
自分の部屋に戻る途中で、珍しい顔に会った。
「おや、スネルさんじゃないかい。ちょうどいいところに」
「ヴォズさんじゃないですか! どうしてこちらに?」
「ちょうど君に用事があってきたのだよ」
「……?」
というので、ヴォズさんを私の部屋に招き入れた。
ヴォズさんは、大きなケースを持っていた。
「これだよ、渡したかったんだ」
「ああ、これ……」
箱に入っていたのは、大量の鉄製刃たち。
「これ、きみが試作品を使った感想をもとにして改良したんだ」
そう、ヴォズさんが作ったこの武器は、鉄の刃を羽のように使って飛行しつつ、攻撃もできるという画期的なものだ。
試作品をこの前の奴隷船の保護と領海侵犯の追跡船撃沈の任務に使用したのだけど、その時の使った感想をヴォズさんに伝えていた。
「君はあまり機動性がないところが難点だと言っていたね」
「ええ。単に私が操作に慣れていないせいかもしれませんが、動作と動作の間に時間がかかってしまうので、そこに隙が生じてしまいます」
「そうそう、そこでこの完成品はそこを改良したのだよ、ほら」
「ええと……これはカチューシャ?」
「ああそうだよ。あいにく僕には女性が好きなデザインが分からなかったから、気に入らなかったら作り直すけど」
「いえ、綺麗じゃないですか!」
水色が淡く、少しだけ金の装飾で縁取られたデザインは、くどくなくて、センスが良かった。
でも、どうしてこんなものを?
「それは魔道具なんだよ。つけてごらん」
言われて頭にカチューシャをつけてみた。
「……? 特に何も感じませんが」
「つけただけじゃ何もならないさ、じゃあ、ここにある刃のうちの一つを心の中で持ち上げようとしてみて、手を使わずに。ただ念じるだけ」
念じるだけ? そんなので物が持ち上がるわけはない。
そうは思いつつも、やれと言われたので頭の中で持ち上がれと念じてみた。
「カタカタカタカタ!!」
「えええええ!!」
勝手に刃が持ち上がっていく! 確かに私が持ちあがれと心の中で思ったやつではあるのだけど、本当に持ち上がるなんて!
「これは、手品か何かですか!」
「いや、確かに君が持ち上げたんだよ」
信じられない。
ヴォズさんは、今度はケースの中の刃すべてを持ち上げてみろと言った。言われた通りにすると、すごい! 人間一人の力なんかじゃ到底持ち上がるはずのないのに、まるで無重力かのように浮き上がっている。
「まだまだぎこちないな。やはり使い慣れないと。でも君の才能が有ればすぐに自由自在になるさ」
そうか……ヴォズさんはまだ私の縁談の話を知らないんだ。
彼は当たり前にこれを戦場で使う話をしているけれど、もう私は一生戦場に出ないんだろうな。
「あのう」
「どうしたんだい? そんなに暗い顔をして」
「せっかくなんですけど、これを戦場で使う機会はなさそうです」
「そらまたどういうこと?」
「私に縁談があって」
「それはおめでた……でもないみたいだね、察するに」
「ええ、断りたいんですけど。他国との間のことですから。なので、これはもう必要なくなってしまいます。どうか他の将官にでも回しておいてください」
「いや、それはできない。この武器は君にしか扱えないものだよ」
「しかし……」
「嫁入り道具として持っていきなさい、君を助けるかもしれない」
「ふふ、ではお言葉に甘えて一応受け取らせてもらいますね」
ヴォズさんは満足そうに笑った。
そして一週間後、正式に私の嫁入りが決定した。
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