第215話
そんなの、理不尽じゃないか! 僕たちだって異教徒なのだから、あの龍に攻撃される理由は十分あるのだけど、これは違う。なんで僕たちがワイド伯のやらかしたことに巻き込まれているんだ。というか、尻拭いをさせられているのはシルバータさんじゃないか!
「だとしたらあなたたち、シルバータさんと変わってくださいよ! あなたたちが始めたことなんでしょ!」
「……確かにその言い分はわかる。だけどなタイセイくん。実際のところ僕と伯爵があの龍に挑んだところで勝てると思うのかい?」
「だからといって……」
たしかに、この二人が戦うよりもシルバータさんが戦った方が、勝算があるだろう。だけど……
「責任を取れと言いたいのだろう。なるほど、今この状況ではシルバータ大将が俺たちの尻拭いをしているようだ。それは不条理かもしれない。しかし、俺らの責任の取りどころはこの場を切り抜けた先にあるのだよ」
適当な言い訳をつらつらと並べているようにしか聞こえないけど、たしかにこの人たちが戦ってもやられるだけなのは分かる。
今だって、シルバータさんはむしろ押しているのだ。このまま押し切れそうな気配さえあるのだ。
「だから、ここは彼女に任せよう。許してくれなくっても構わないから」
それにしても、開き直った態度が癪だな。
戦況の方はといえば、どんどんシルバータさんの方に傾いていた。強大なパワーをもつとはいっても、それが当たらなければ意味がない。シドッグの攻撃はもうとっくに見切られているのである。
「小癪な小娘だ!」
「何でも思い通りになるとは思わないことです」
「黙れ! 私は龍なのだぞ!」
怒りに任せて爪を振り回すシドッグだが、やはり攻撃は掠りもしない。
逆に、シルバータさんの攻撃はモロに命中していく。
「ズダドドドド!!」
刃たちが空中から襲いかかり、シドッグの背中に突き刺さっていく。
「ぐぉぉぉぉぉ!」
シドッグは苦しそうな呻き声をあげて倒れ込んだ。
「どうです? もう降参ですか?」
「たわけたことを」
しかしさすがは龍だ。このくらいでは倒れない。
今の攻撃で、シドッグは冷静さを取り戻したらしい。むやみやたらに攻撃することはもうなかった。
「ふむ、我としたことが盲目になってしまっていたようだ。今なら見える、見えるぞ。うぬの心の中にある深い闇が……」
「何が見えているのかは知りませんが、妄言はそのへんにしておいてもらいましょうか」
「妄言かそうでないかはすぐに分かることだ」
次の瞬間、シドッグが魔法陣を展開した。禍々しい黒の魔法陣の中から、狐火のような紫の炎がいくらか、揺めき彷徨いつつ飛び出した。
その炎たちは、まっすぐ一直線にシルバータさんに向かっていく。シルバータさんも、もちろん何もしないわけはなく、刃を集めてその身に纏い、鎧を展開した。
「無駄だな。そんなものは貫通するさ」
シドッグは全く動じない。
炎は、その言葉通りに鋼鉄の鎧をすり抜けてしまったのだ!
「え……」
「ブォォォァォォ!!」
藤の炎が燃え上がり、鋼鉄の鎧は解けてバラバラになってしまう。中にいたシルバータさんは炎の中。
「くっ……」
燃えているわけではない?
「シルバータさん!」
「おいおい、ヤバいんじゃないのか?」
「これはマズいことになるかもね……」
少しして、シルバータさんの様子がおかしくなった。炎の中で頭を抱えて苦しみ悶えている。
「ああぁぁ……!」
なんで苦しんでいるのか? あの炎には一体どんな力があると言うのか?
「精神攻撃か?」
ミラージュがつぶやいた。
それを聞き逃すはずがない。
「ミラージュ中将! 精神攻撃ってのは?」
「肉体に攻撃しても全て回避されてしまうと踏んだのだろう。シドッグはシルバータ大将に精神攻撃を仕掛けたのさ。もともと宗教なんて作って国をまるまる支配してしまうような輩だから、人間の心につけ入るなんてのは得意分野だろうさ」
炎の中で、シルバータさんは尋常じゃない苦しみ方をしている。正直見ていられない。シドッグは彼女に何をしているというのか!
なんとかしなければ、彼女は今にも壊れてしまいそうだ。
「何とかシドッグにやめさせましょう!」
「焦るなタイセイくん。今君が飛び出していってあの龍に挑んだところで、一体何ができるというのだね。犬死するのがオチだぞ」
「だとしても、このまま黙っていることもできないでしょう!」
食ってかかると、ワイド伯は髭をいじりつつ困ったように考えたが……
「ならば、ミラージュ。見せてくれ」
「……ここでやるんですか?」
「できないのか?」
「いや、やれますけど」
ミラージュは呪文を詠唱し、手を馬車の床につけた。
すると、大きな鏡の水面が現れた。液体のようだけど、あまりにクリアな鏡面になっている。
「何をするつもりなんですか?」
「見るのさ、見えないはずの心を」
ミラージュの指から白い光がほっとひとつ飛び出して、シルバータさんのところに向かった。
これもまたシルバータさんの体をすり抜けた。が、今度はこっちに戻ってきた。青く暗い光に変わっている。
「おうおう、これはひどい色をしているな」
ゆらゆらと窓から入ってきた炎は、床にできていた鏡の水面に入っていった。
絵の具を真水に垂らしたように、煙のような濁りを広げた。やがて渦を生み、グルグルとかき混ぜられていく。
「さあて、覗く準備はできたかな?」
「覗く……ってなにを?」
「彼女の心さ。今シルバータ大将がどうして苦しんでいるのか、知るためには覗かなくちゃならない」
「……わかりました」
シルバータさんの心の中には何があるのか、知らなければならないだろう。
「失礼しますね、シルバータさん」
だんだんと落ち着いてきた水面に、僕はおそるおそる身を乗り出して覗き込んだ。
まず視界に飛び込んできたのは、華やかな舞踏会……
〜十年前初春、シャラトーゼにて〜
父上の付き添いで連れてこられるけど、舞踏会って何が楽しいのかしら。今もこうしてみんな笑っているけれど、私にはちっとも楽しくない。
こんなドレス、着づらくてたまらない。軍服の方がよっぽど楽だ。いますぐにでも脱ぎ捨ててしまいたい。
そんな私を見かねたのか、ほかの貴族と話していた父が私のところへと戻ってきた。
「スネル? どうしたんだ、具合でも悪いのか?」
「いえ父上。そうではありませんの」
「ならどうしたというんだ?」
「私、面白さが分かりません。どうしてあの人たちは笑っているのですか?」
「人と話し、笑い踊ることは楽しいものさ」
「私には分かりません。どうして、父上は私をこんな場所に連れてくるのですか?」
父は少し言いにくそうにしながら
「……お前も、もう十七になるだろう?」
「ええ、そうですが」
「なら、そろそろ女の道というのをだな……」
「結婚しろというのですか?」
「……まあそうだ」
「日頃から言っているではありませんか、私は結婚などは考えていないと」
「だからどうしてだ」
「私は軍人です!」
「いつまでも軍人をやっていられるわけがないだろう!」
嫌な話題だ。最近の父は事あるごとにこの話をする。私の身がどうとか、本当は考えていないくせに。実際のところは、私が早く結婚しないと貴族としての体裁が悪いからだろう。
そんな面倒くさいしがらみのせいで、好きにもなれない人間と一緒に暮らすなんて、耐えられるわけがない。
ちょうどそこへ、貴族の親子がやってきた。
「いいですかな、シルバータ男爵?」
「ええ、大丈夫ですよ、サプララ男爵」
「お初にお目にかかります、ジョン・メサイア・サプララです」
「おや、ご子息ですか?」
「ええ、そちらのお嬢様、スネル将軍とは二歳差ですね」
二つ年下か、まあ、子供だよね。
「スネル嬢とのご縁はありそうなのですが」
やはりそういうことか。息子も息子で満更でもない顔をしている。
そもそも結婚したくないというのに、こんな子供と一緒にされるなんてごめんだ。
「どうだ、このジョン君はなかなかに聡明な少年のようだが」
「ごめんあそばせ、私はそろそろ軍議がありますので」
私は早足で舞踏会から抜け出した。
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