第214話
もちろん僕はシルバータさんのように飛ぶことなんてできるわけもないので、走って彼女を追いかけた。シルバータさんはまっすぐシドッグのところに向かっている。あの人は本当に一人であの巨大な龍に挑むつもりだ。
僕がシドッグの近くまでたどり着いたころにはすでに戦闘は始まっていた。近寄ってきたシルバータさんに、シドッグはいきなり攻撃を仕掛けていたのである。長く大きな尻尾を振り払う攻撃を、シルバータさんは上手く宙返りでかわした。
「散々逃げ回っておいて、わざわざやられに来るとは、どういうつもりだ、うぬら?」
「もう逃げなくてもいいと判断したんですよ!」
「ならば、その判断が間違いだったことを思い知らせてやる!」
シドッグは全く容赦せずに、さらにシルバータさんに攻撃しようとしている。
しかし、ここは町の中心部。このまま全力で戦えば、一般市民に被害が出てしまう。
「シルバータさん! ここはまずいですよ! もっと人のいないところに行かないと!」
シルバータさんは僕に言われずともそれは分かっていたようで、軽くうなずくとすぐに行動に移した。翼を再び大きく広げて、明後日の方向にくるりと回転して飛び出した。
「どうした? 言ってる傍からまた逃げるのか? 情けないことだ」
「あなただって今のところは口だけの情けない男ですよ?」
「なんだと!!」
短気なシドッグはすぐに挑発に乗った。
飛んでいくシルバータさんをシドッグは追いかけ始めた。狙い通り、しかしシルバータさんが向かう先は、よりによってあのガレキの山だった。あの場所に近づいたら、シルバータさんがまたどうにかなってしまうかもしれない!
「追いかけなきゃ!」
しかし、距離が離れている。馬車で向かわなくては。
すぐに馬車のところまで走り、乗り込んだ。
「ええと、馬たちを走らせるには……」
馬車を運転したことはない。が、今は僕しかいないわけだし、どうするか……。
「タイセイ! 待ってくれ!」
「ドウラン!? どうしてここにいるんだ! お前は待っていろと言われていただろ!」
「シルバータさんがあんなのと戦っているっていうのに、私はやっぱりじっとなんてしていられないよ! 私も見届けなくちゃ。それに、お前は馬車の運転なんてできないんだろ? 私がやってやるよ」
「……仕方ない」
こいつが来るのは仕方ないけど、ドウランはハモニカも抱っこしていた。
「ハモニカまで連れていくのか?」
「ああ、だって置いておくこともできないだろ? ホテルの人だってマハジャ教徒なんだから。大丈夫、私が責任もって守るからさ」
シルバータさんは怒りそうだけど、仕方がない、連れていくか。
馬車をドウランが運転し、僕は代わりにハモニカを抱っこしていた。
「しっかり抱えていてくれよ? まだ首が据わっていないんだし」
「分かってるさ。お前よりは丁寧だよ、僕は」
「さあ、どうかな?」
「余裕だな」
「余裕にしてないと、その子が不安がるよ?」
「なら僕もどっしり構えていないとな」
そんな貫禄が自分にないのは自覚しているけれど。
ここから先は、民家も少なく、あの謎のガレキの建物跡があるだけ。そこに今はシルバータさんとシドッグがいる。二人の戦闘は遠くから見ても分かるくらいに激しい。
「キュィィィィン……ドドドドド!!」
「ズバババババ!!」
攻撃が交錯する。シドッグの攻撃が当たらないうちは、一方的にシルバータさんの攻撃が命中し続ける。しかし、このまま避け続けることができるのか……。
シルバータさんは今のところは大丈夫そうだ。トラウマに襲われている様子はない。
「あなたがどういう因縁で私たちを襲っているのかは知りませんけどね、そうやすやすと死んであげるわけにはいかないんですよ!」
「ふん、あくまで何も知らない態度でいるつもりか。まあいい、あとの弁明は彼岸でペラペラと話すがいい!」
全く話を聞かないな、あのキツネ。まあ話が通じないとは聞いていたし、そもそも話を聞くというのなら最初からこんなことにはなっていないはずだもんな。
馬車は的になってしまわないように、一定速度で走りつつ、シルバータさんたちから距離を取っている。僕の腕の中のハモニカも落ち着いているみたいだ。
「ああぅ……」
「よしよし……ん?」
「どうしたタイセイ?」
「いや、今一瞬なんだけどさ、この子の瞳が紫に光ったような……」
「気のせいだろ。それか角度によってそう見えたとか?」
「そうかな……」
そうとは思えないほどに一瞬強く光ったと思う。
それよりも決定的に不思議なことが起こった。窓の外から、突然石が飛び込んできたのである!
「ゴスン!」
「うわっ! 敵の攻撃か?」
「いや、これって……」
ただの石ではなかった。もともとこのハモニカが持っていた、紫の石のネックレスである。あれは確か、シルバータさんが回収していたはずだ。それなのにどうしてハモニカのところに戻ってきたというのだろうか?
「シルバータさんが投げたのか?」
「いや、必死に戦ってるし、そんなことをした素振りは見えなかったぞ。そもそも角度がおかしいだろ。ほぼ水平に飛んできたし」
「それはそうなんだけどさ……」
石が勝手に飛んできたなんて信じられないだろ。
紫の石をもとの持ち主であるハモニカのそばに置いておいた。
「やっぱり持ち主が恋しくなって戻って来たんじゃないのか?」
「そんなバカな」
しかし、ハモニカは戻ってきた石のネックレスを見てはしゃいでいた。
戦況は、少しずつ変わっていた。シルバータさんが押しているのである!
「シャララララ!!」
変幻自在の鉄の刃が飛び回ってはシドッグをかく乱して、的確に攻撃を入れていく。対して苦し紛れのシドッグの攻撃は当たらない。
鉄の翼が睡蓮の花のように変形、広がって、鏡面のように刃たちが光を集めて反射していく。シルバータさんの目の前に光は集まって
「はぁ!!」
「ブォォォォ!!」
一筋の巨大な光線が放たれた。散々かく乱されていたシドッグはもう回避不能の体勢。ガードすることも回避することもままならなかった。
「グォォォォォ!!」
シドッグは頭からその光線をもろに浴びてしまった!
「ドドドドドドォォォォ!!」
凄まじい威力だ! 地形さえも変わってしまっていそうなほどの力で大地は打たれた。
一瞬静かになった。土煙でどうなっているのか、向こうが見えない。
「やったのか?」
「……いや、まだだよ!」
しだいに薄まっていく土煙の向こうに浮かんできたのは、巨大なキツネのシルエット。あんなえげつない攻撃を命中させても、まだ倒せていないというのか?
こちらにも動きがあった。戦闘とは関係なく、馬車に近づいてくる馬に乗った人間が二人。二騎は馬車に並走してきた。
「よう、まだみんな無事のようだな」
「ワイド伯! それにミラージュ中将じゃないですか! どうしてここに?」
「無論、あの化けキツネを追って来たんだよ。あれが暴れてる原因は俺たちにあるのだからね」
やはりか。この人たちが何かしでかしたのだろうとは思っていた。
「馬上というのもなんだから、乗せてもらってもいいかい?」
「……まあ、聞きたいこともありますし」
狙われてもいけないし、二人には急いで乗り込んでもらった。今なら彼らも僕らをどうこうしようとはしないだろうし。
車の中に乗り込んだ二人はホッと息をついた。
「それにしても、あれだけ怒らせるって、何をしたんですか?」
「まあ、簡単に言うとこいつがあのキツネに毒を盛った」
「はぁ?」
キツネに毒を盛るってどういう状況だよ!
ミラージュは言い訳がましくつらつらと説明を始めた。
「いや、伯爵が悪いんでしょう? 私は言われた通りにしただけですから」
「どういうことなんです、伯爵?」
「いやまあ、俺は大神官が死んでしまえば神の無為を証明できると思ったのだよ。だから、毒を盛れと言ったんだ」
「そしたら毒が効かなかった。まさか正体があんなキツネだとは思わなかったよ」
それで、僕たちはこの人たちと同じ一派と勘違いされてこうして怒りを買っているのか。全く、とんだとばっちりじゃないか!
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