第213話
手紙はちゃんと届いてくれていたらしい。再び雲を抜けて降下した先に、門から出てくる馬車を見つけた。間違いない、あれは僕たちのだ。
「あれですよ! あの中にドウランとハモニカがいます!」
「分かってますよ! あの中に降りましょう!」
「え、直接?」
「だって、いちいち止まってもらうような時間はないでしょう。私たち、追われてる身なんだから」
理屈は分かるけど……
シルバータさんは、目下の馬車に向かって急降下していく! このまま馬車と激突すれば、僕は龍に捕まらずとも死んでしまう!
「やばいですよ! もうちょっとスピードを緩めて!」
「大丈夫ですよ! 信じてください」
このまま馬車の天井に叩きつけられることを覚悟した瞬間、僕の体はその直前でふわりと浮いて減速した。
「わたしの翼は自由自在なんですから」
そのまま僕は優しく馬車の天井に置かれた。心臓に悪い。まだバクバクといっている。
中にいるドウランは驚いたようで、窓からこちらを見上げた。
「うわっ! お前らかよ!」
「すまない、空を飛んでいたから」
「にしてももうちょっとなんかあるだろ! 馬車が壊れたらどうするんだよ!」
「ごめんなさいドウランさん。でも、この馬車も追われてるんでしょう?」
「多分ね。まだ姿は見えないけど、街の中でも追い回されてたから、多分追ってくると思う」
ずっと天井にいるわけにもいかないので、僕とシルバータさんは窓から馬車の中に入った。
さて、今からどこに逃げるのかを考えなければならない。
「このまま国境の外にまで逃げきれますかね?」
「一気にというのは無理でしょうね。馬たちが疲れてしまいます。どこかに少しだけの間潜伏しないと」
ここはマハジャの首都マハムンテから出てすぐのところ。元のルートを通って帰るにしても相当な距離がある。がむしゃらに逃げ切るにしてはあまりに遠すぎた。
だから、途中の町で一旦休まなければならないが、どこがいいのやら。
「ベラのところにもう一度お世話になるっていうのはダメなのかい?」
ドウランが言う。確かにそれが一番安全なのかもしれないが……
「いや、それではベラさんに迷惑が掛かってしまいます。私たちは追われる身なんですから、その私たちと関係があることがばれてしまったら、ベラさんに何が起こるか分かりません」
そうなのだ。この国にいる間は、僕たちは犯罪者に等しいのである。その関係者になってしまえば、ベラにもその災いが降りかかってしまうかもしれない。
だからといって、またあの最初に泊った街に行くわけにはいかない。今度こそ捕まってしまうだろう。あそこはもはや敵地なのだから。
「随分と場所が限られてしまいますね……」
つまるところ、僕たちは自分たちと全くの無関係なところに落ちのびなければならないのである。そうなってくると、思い当たる場所はといえば、一つだった。しかし、そこにもまた別の問題が……
「あそこなら多分大丈夫だと思うんですけど、シルバータさんは苦しいでしょう?」
そう、シャラパナからマハジャ教国に入ってきてすぐのところにあるあの町、シルバータさんが見ただけで具合が悪くなってしまったガレキの山があるところだ。
「……いえ、大事なのは今です。今はそこにしか行く場所がないんですから、行きましょう!」
「本当に?」
正直、あれだけ震えるっていうのは、何かしらのトラウマがあったとしか考えられない。それは本人にしか分からない苦しみなのだろうが、その場所に行くとなれば、気を遣う。
しかし、そこにしか行くことができないのも事実。
「シルバータさんだってこう言っているんだ」
「しかし言葉じゃ……」
「言葉にするくらいの覚悟だよ、くみ取ってやるのが周りの配慮ってものでしょ?」
ドウランはそう言って、すでに馬の頭をその町の方角に向けていた。
シルバータさんの表情は決して穏やかではないが、なにか意を決した様子だった。奥歯をぎゅっと噛みしめている。一体あの場所で何があったというのか?
一路、その町へと向かっている。
「町の名前はなんて言うんですか?」
「ポムステックです」
「あれ、この前地図をチラ見した時にはプリュムとか言ってた気がするんだけど」
シルバータさんとドウランの知識が食い違った。
「あれれ、どっちが正しいんですかね?」
「実際に行ったことがあるシルバータさんの方が信用できるんじゃないか? 私は一瞬でチラ見しただけなんだから」
結局町の本当の名前さえもはっきりしないままで、僕たちはその町に到着した。
町はやっぱりいたって普通の町だった、人も普通、儀装束を着ている人も滅多にいないし、教会もあまりないしで、この国にとってはちょっと異質な町だ。
それでもやっぱり、シルバータさんはちょっとしんどそうにしている。
「大丈夫ですよ」
なんて言葉が信用できないくらいの表情だ。休むための宿だって、あのガレキの山が見えない、離れたところを選んだ。そうすればいくらか気も休まるだろうか?
なるべく目立たないように、人目を忍んで宿に入ると、その日はもう何もしなかった。ハモニカもおとなしくしてくれてたから、誰にも怪しまれることはない。明日になったら、さっさとこの町を出てシャラパナに帰るんだ。
しかし、その日の夜のことだった。早く寝てしまおうという日没少し経った窓辺からまさかの声が聞こえてきた。
「神龍さまがやって来たぞー!」
信じがたい、いや、信じたくない。しかし、窓から見た外には、言葉に違わない巨大なキツネのシルエット。本当にシドッグが来たのだ。でもあいつは僕たち二人を追って、見失っていたはずだ。なのにどうしてここが分かったのか?
そもそも執念がすごい。普通、こんな所まで追ってくるか? ワイド伯が何をしでかしたのかは知らないが、それほどまでにシドッグは怒り狂っているのか。
「とにかく、もう危ない。逃げなければ!」
他の部屋にいる二人のところに行こうと部屋を出ると、廊下にはすでに二人ともがいた。
「やばいよタイセイ! 早く逃げなくちゃ!」
「そうだ、もうそこまで来ている。このままここにいちゃまずいよ!」
「しかし、無理ですよ。馬たちの疲れだってとれていませんし、あの様子じゃこのままシャラパナまで逃げたところで追ってきますよ。あの暴れキツネさんをシャラパナで暴れさせることになってしまう」
「なら、どうするんです? このままじゃ僕たち捕まってしまいます。この町だって広いわけじゃないんですから」
「……戦います」
「はい?」
「ですから、逃げずに戦うんです」
戦うなんて選択肢、最初から頭の中にあるわけがなかった。あの強大な龍と戦う? そこら辺の怪物と戦おうっていうんじゃないんだ。
龍の力、今まで三匹の龍を見て来たが、どの龍もおよそ人の及ばない力を持っていた。敵いっこない、そう思わされた。シェラルーシュもエマージョンも、その気になれば国一つを滅ぼすことができるのだ。実際に、ベルスニーチェは軍隊がほとんど壊滅してしまった。
そんな神にも等しい力を持つ龍を戦おうというのである。
「それは無茶だよ! 命を捨ててるとしか思えない」
「大丈夫です、私、こう見えても臆病なので、勝算のない戦いはしないんですよ」
「勝算があるっていうのか? シルバータさんには」
「ありますよ。だからドウランさんはハモニカさんを任せます」
「……分かった」
「僕は近くに行きますよ、あなたが無茶したら止めます」
こんな非力な僕がどうやって止めるというのか? でもここでじっとなんかしていられない。
シルバータさんは、なにかを覚悟するわけでもなく、恐怖するわけでもなく、ただ淡々と戦支度をしていた。彼女の鎧を着た姿は初めて見た。重々しくはなく、体のラインにそったすっきりとしたデザイン。龍相手にそれでいいのかと思わず考えてしまう。
そして、彼女の思念に反応して鋼鉄の刃たちが集まってきた。それぞれ生きているかのような刃たちは自由自在動き回り、やがて彼女の背に集って翼を作った。
「では、行ってきます」
振り返ってにっこりとそう言ったシルバータさんは、窓から飛び立った……。
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