第211話
町の中心の方が騒がしい。こんな静かな町だというのに、地響きが伝わってきたのである。ハモニカが目を覚まして泣きだしてしまった。
「あちゃ、せっかく寝てたのに、まったく誰なんだよ騒いでいるのは」
ドウランがハモニカをあやしながら窓を開けると、彼女は驚きのあまり「あっ」と言ったっきり何も言えなくなってしまった。
「何があったのです?」
シルバータさんも窓の外を見たが、彼女の方はドウランほど驚いている様子はなかった。しかし、やはり予想外のものが見えたようで
「あれは何なんでしょう?」
戸惑ってはいる様子だった。
「タイセイさんも来てくださいよ。あれが何なのか、知りませんか?」
窓辺に連れてこられて、町の中央が視界に入ると、そこにはとんでもないものがいた。
「え……なんと言ったらいいんでしょうか、あれは」
見た目を一言で言えば、キツネだった。紫色をしたキツネである。しかし、巨大だ。町の中央の方にあるような大きい建物でもその姿は全く隠すことができない。規格外に巨大なのである。
「あんなものが襲来しただなんて、普通町に入る前に気づきそうなものですけどね」
「ともかく、あれは調べておかなければならないでしょう、いきますよタイセイさん」
「ちょ! また私は留守番かよ!」
「申し訳ありませんが、こういう事態だからこそ、ハモニカちゃんを一人にはできません。あなたについていてもらわないと」
「そういうことなら仕方はないけどさ……」
シルバータさんは急いでホテルを出たので、僕も遅れないようについて行った。
町の中心まではシルバータさんの低空飛行で向かった。町に人は少ないんだし、この非常事態だからすれ違う人がちょっと浮いているくらいは全く気にならないはずだ。
町の中央には、人だかりができていた。
「おかしいですね、普通は避難するはずでしょう。このような怪物が現れたのですから」
いくら町の中央に人がたくさん住んでいるからといっても、さすがにこれはおかしい。人々は避難するどころか逆にあの妖狐に近づいていっているようにさえ見えるのだ。
いやいや、逃げるだろ普通。僕だって一人だったら逃げてるよ。あんな怪物をみてどうして逃げないんだよ!
「神龍さまがいらっしゃったぞー!」
「町の中央だ、急げ!」
神龍? まさかあのキツネの化け物のことを言っているのか? あれが龍? にわかには信じられないな。しかし住民たちがそのようなホラを吹くとも考えられない。おそらくは本当にあれが龍なのだろう。
シェラルーシュとエマージョンの言葉を思い出した。マハジャには邪龍がいると。あれがその邪龍なのだろう。名前は確かシドッグとか言ったな。禍々しい見た目をしている。あれが神龍なんて、人々はよく信じていられるな。人も龍も見た目で判断してはいけないのかもしれないが、限度というものがあるだろう。あれがいい神様なわけないだろ。いまも瘴気のようなものが駄々洩れになっているし。
その邪龍へと近づく僕たちに、なぜかシドッグのほうから迫ってきた。
「気づかれてます! あのキツネさん、私たちに向かってきてますよ!」
なに! もうすでに僕たちに気づいているというのか? このままシドッグと接触してはまずいんじゃなかろうか? しかしシルバータさんは止まる様子がない。
「接触したら何かが分かるかもしれません」
「だからって、危険ですよ! 相手は龍なんですから」
「私はその龍という存在をあまり知らないのですけど、そんなに強いんですか?」
「はっきり言って、人智を超えています」
「そうですか……でも、戦うと決まったわけではありません。任務のためにも、やはり行かなければならないでしょう?」
対話なんてできない相手だと聞いている。戦闘にならずに済ませることなんて果たして出来るのだろうか?
僕を連れたシルバータさんは、ついに正面にシドッグを迎えた。いきなり襲いかかってくる様子はないが……
「うぬらもか……」
「何がですか?」
「しらを切るな! うぬらの一派が私の国を荒らしているのだろうが!」
理由がなんなのかはいまいち掴めないが、シドッグはかなり怒っている様子。
「だからキツネさん、あなたの言っていることの意味が分からないのですけど?」
「あくまで知らないと言うつもりか、うぬらの格好から見て、この国の人間でないのは確かだ。上手く化けたつもりだろうが、簡単に分かるぞ」
まぁ、そこはバレちゃうよな。僕たちの格好は、ところどころをよくみれば粗末な部分が多々ある。
「この国の人間ではないことは認めますけど、それでもあなたの言っていることは分かりませんね」
「ワイド伯の手先は、どいつもこいつも神経を逆撫でするような奴らばかりだな」
……僕たちはワイド伯の一味だと思われているのか。
ワイド伯が暗躍しているこの状況の街中で、普通はいないはずの他国民がここに二人。これは、多分いくら弁明したところで信じてはもらえないだろうな。
「もう問答は無用だ。うぬらにはここで死んでもらう!」
「キュイイイン!!」
「うわっ!」
いきなり攻撃してきた! 容赦のない黒い炎のブレスだ。初撃から全力の殺意を感じる。
シルバータさんは僕と一緒に後ろに飛んでこれを回避、シドッグから距離をとった。
「たしかにこれは人智を超えていますね。気を張っていないと殺されてしまいそうです」
「戦うんですか?」
「いや、一旦退避ですね。ドウランさんとハモニカちゃんがいるので、こちらに不利です。それに、こんな街中で戦ったら、他国民とはいえ一般の住民さんたちが危険に晒されてしまいます」
「じゃあ、逃げるんですね」
「ええ、行きますよ!」
「ブオオオオ!!」
「うげっ!」
いきなり凄い風圧が顔面を襲った。シルバータさんが突然反転して、空に飛び上がったのである。
「全力で逃げますよ! ともかく撒かなければ!」
そんなこと言ったって、やりすぎだろ! 顔がもげるぞ!
しかし、やりすぎではないらしい。すぐにシドッグは僕たちを追いかけてきた。
「待て、殺してやる!」
「そんなこと言われて待つわけなんてないでしょ」
キツネのくせに、空が飛べるのかよ!
「逃がさんぞ!」
「ボボボボボボボ!!」
あれが狐火というやつなのか? 魂のような黒炎がいくつも飛び散ったかと思えば、全て僕たちに迫ってくる。
「タイセイさん! さらに乱暴な飛び方になりますけど、どうにか耐えてください!」
「え?」
「グォォォォォン!!」
「うぎゃあ!」
目が回る! いや、体の中全てがぐるぐるになってしまいそうだ。だんだんと気分が悪くなってくる。
空高く、雲の上まで届いて、ようやくシルバータさんは上昇をやめた。
「あのキツネさん、幸い高く飛ぶのは苦手みたいですから、ここまでは追って来れていないですね。一応逃げ切ることができましたよ」
「……それならよかったです……うっぷ」
「だ、だいじょうぶですか!」
「酔いました」
「あはは……すいません」
「それよりも、ここからどうするんですか? 僕たちが街に戻るのも危険ですし」
「ドウランさんたちが気がかりですよね」
「どうしよう……」
「あの飛んでいく紙ってまだあります?」
この前の紙飛行機か。
「ありますよ。僕のポケットに一枚だけ入れてます」
「じゃあそれで私たちのホテル宛てに手紙を書きましょう。それでドウランさんたちに町の外まで出てくるように伝えるんです!」
「それはいいかもしれませんね。ホテルの住所をメモしておいて正解でした」
ポケットには、何かあったときのための連絡手段として忍ばせておいた紙飛行機が一枚。
シルバータさんはペンを僕に渡してきた。
「私はちょっと手が離せないので、タイセイさん、書いてください」
「え、ここで?」
「はい、しばらくは下に降りられないので、ここで書いてもらうしかないです。私の背中を机にしていいですから」
「……なら頑張ってみます」
不安定な中、シルバータさんの小さな背中を机にして文章を書いていくが
「ひゃっ!」
「あ! すいません」
「いえ、少しくすぐったかっただけですから」
五文字くらい書くたびにこの調子。書き終えるまでには相当往生したが、なんとかホテルの住所まで書き切って紙飛行機を下へと飛ばした。
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