第210話
押しつぶされそうなプレッシャーが、恐怖とともに乗っかってきた。
「私も気まぐれというべきか、そちらのペースに乗ってやっていたのだがな、このようなことをされてしまうと寛容でもいられなくなるな」
「なんのことでしょう?」
「とぼけるのが無駄なことくらい、分かるのではないか?」
声が格別に重く響くようになった。これは、控えめに言ってもかなりのピンチなのではなかろうか?
毒を盛ったことがバレた……というか、そもそも効かなかった。そちらのことも気になる。見たところ魔族ではないようだが……いや、魔族だろうが人間だろうが、飲めば即死のはずだ。なのになぜ?
得体の知れなさも相まって、目の前の存在が恐怖の塊となった。ああ、柄にもなく震えてきているな。
「ミラージュとやら、はっきりと話してもらおうか。先に言っておくが、私はすでにうぬを賊とみなしておる。これは質問ではない、尋問だ。つまるところ、うぬは今から弁明をするのである」
一対一、殺してしまうか? ただの人間ではないことは確かだが、言っても神官なのだ。大した戦闘力を持っているとも思えない。
……伯爵を困らせてしまうが、仕方ない。もうこうなってしまった以上、これが最善の策だ!
「答えることはありませんな!」
「スパン!!」
目の前の大神官の首を刎ね飛ばした……。自分でやっといてなんだが、あっさりと首が斬れた。大物とは言っても、やはり普通の神官だ。こんなものだろう。
さて、これをどう処理するかな。まずは伯爵に伝えなければ。それまでは他の人間には一切知られるわけにはいかない。国家元首たる大神官を殺してしまったとあれば、この国に真正面から喧嘩を売っていることになる。
まずは、ここの部屋を誰にも見られないことだな。幸いここは私の部屋だ。大神官の部屋と違って、しょっちゅう来客があるわけでもないから、しばらくは大丈夫だ。それまでに手を打たなければならない。
「ううむ、とりあえずは鍵を閉めて伯爵のところへと向かうか。ハトを使うのさえ危険な用事だからな。留守にしておくのは心許ないが」
鍵だけは厳重に閉めて、外に出ようとした。
「待て、何勝手なことをしているのだ?」
「は?」
後ろから声がした? どうして? たしかにさっき首を切り飛ばしてしまったはずなのに!
恐怖が再来して、恐る恐る後ろを見ると、床に落ちた大神官の生首とはっきり目があった。
「勝手に死んだことにするんじゃない。さて、話の続きを聞かせてもらう。隠すこと、逃げること、嘘をつくことは許さない」
そんなことはどうでもいい!
「何者なんだ!」
「聞くのもおこがましい」
これはもう、魔族以上の人外だ! 首が切れても平気なヤツがいてたまるか。
「……が、たしかに相手が何者か分からないのでは、素直に話そうという気がなくなってしまうというのも確かなことだな。よかろう、私も元の姿に戻って、うぬに見せてやろう」
そう言うと、生首は不思議な力で持ち上げられて、胴体の方に戻っていった。
再び、くっついた大神官の体は、今度はミシミシと音を立てながら不気味に蠢き始めた。
「もう、何が何だか分からんぞ。一体何者だというのか!」
答えはシルエットとともにしだいに明らかになってきた。
大神官の身体はもはや人間のそれではない。どんどん膨らんでいき、部屋におさまらないほどになって、ついに天井を突き破った。
上の部屋は空き部屋だったからよかったが、それよりも目の前にいるこの怪物だ。
「久々にこの姿に戻ったと思えば、随分と窮屈なものだ」
「キュイイイイン……」
光が見えた。こいつ、何をするつもりだ!
「ズドドドドド!!」
「うわぁぁぁぁ!」
躊躇いもなく攻撃しやがった! 建物は上半分が吹き飛び、下は崩壊してしまった。下手したら今ので瓦礫に潰されていたぞ。
視界を遮っていた建物がなくなってしまったことで、ついに変わり果てた大神官の全身を見ることができた。
「こいつは……キツネ?」
「無礼だな、うぬは。そこらへんにいるキツネと一緒にするな。そもそも、私はうぬら人間、魔族とも格が違う」
「ならば、何者だと言うのだ」
目の前の大神官は、完全にキツネの姿をしていた。紫の狐、瞳は妖しく、少しでも見つめると魂を持っていかれそうだ。狐なのになぜか鱗でびっしりと覆われているのは全く謎ではあるが。
気になる正体を、大神官は、別に隠すつもりはないらしい。
「私は龍、うぬら人間どもを治める神龍なるぞ」
……盛大なオチだな。まさか神龍に仕えていると思われた大神官が神龍自身だったとは。
ならば、先程の本教会会議での態度も頷ける。神官たちは、自らが崇める神龍の目の前で議論していたのである。この神龍からしてみれば、全くの茶番。「神龍さまに伺いを立てる」なんて、聞いていて片腹痛かっただろうな。
狐龍、たしかにこの国の人々を化かしているようだ。化け狐はその正体が見破られれば観念するのが相場だが、今回はそうもいかないらしい。人々が崇拝するのは、むしろこの正体の方だからである。
「我が名はシドッグ、死にゆく者に語るものでもなかろうが、せめて唱えながら死ぬがよい」
「ちょっと待っていただきたい。なにゆえいきなり殺すのですか?」
「白々しいぞ。今マハムンテに蔓延している謎の病はうぬらの仕業だろう」
「それには事情が……」
かなり苦しいな。
「事情があるというのなら、ワイドとやらから聞かせてもらうとしよう。とかく、うぬはあろうことか私に毒を盛った。それがすでに大罪だ」
やはりバレてるよな……。
「浅はかだったな。あのような人間の小細工、龍には効かんぞ」
一つ勉強になったな。今度また龍を相手にする機会があれば気を付けておこう。いやいや、まずは目の前の状況だな。
キツネの表情なんて読みようがないわけだけど、怒り心頭なのは十分に分かる。
「私がうぬを生かしてやる理由なんて何一つとしてないと思え」
シドッグは私めがけて大きく口を開いた。その口の中が光った。黒い光線を放つつもりらしい。
「ボォォォォォォァ!!!!」
禍々しい光だ。
「シュウウウウウ……」
しかし、残念。光線攻撃なんてのは私には効かない。
「む……うぬ、何をした? なんの小細工だ?」
小細工だなんて言われるのは心外だな。
「私はトゥルースヒアなのですよ。種族として、光の攻撃は効きません」
私たちトゥルースヒアは、鏡の化身なのだ。心を写すのもそうだが、もちろん光だって反射する。つまり、私に光をぶつけたところで無意味なのだ。
神だか龍だか知らないが、そうそう簡単に殺せるとは思うなよ。といいつつも、まずいな。光は防げたって、この化け物だ。そもそも戦ったからといって勝てるような相手ではない。
シドッグは、光線が効かないと分かって、今度は爪を振り上げた。
「獣のようで、あまり好みはしないのだが、光が効かないというのならば仕方がない。直接爪で引き裂いてくれる!」
そう、直接攻撃されてしまえば、私も一溜まりもないのである。光は反射できても、やはりただの肉体なのだ。あんな鋭い爪を突き立てられたら死んでしまう。
絶体絶命には変わりないらしい。どうしようもないのか……!
「今度こそ、死ぬがいい!」
「グオオオオン!」
「……スカッ……」
「……!」
なんてな、ハハハ。トゥルースヒアを舐めるなよ。龍だかなんだか知らないがな、そうそう簡単に殺されてたまるかい。
「なぜに当たらない!」
そりゃ当たらないさ。なんせ、何もないところを攻撃しているのだから。
トゥルースヒアの魔法だ。まるでそこにいるかのように像を映し出すことができる。さすがの神龍さまもそこを見破ることはできなかったらしい。
「舐めた真似をしよって!」
シドッグもだんだんと冷静さを欠いてきた。
だが、これ以上シドッグを相手にすることもない。早くここから脱出してしまおう。
「ミラージュ! 大人しく死ね!」
それで大人しく死ぬと思ってるのかよ。
私は今透明化している。シドッグも、もはや私を見つけることなどできない。
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