第209話
さあて、今のところは伯爵の思い通りらしいが、ここからどうなっていくのやら。なんとなく伯爵の意図するところがつかめてきたような、そうでないような。
マハムンテ中の病院がてんやわんやになって、マハジャ教国の政府、本教会もさすがに異常を感じ取ったらしい。たった今、緊急会議が始まったところだ。
「我々はなにか神龍さまの怒りに触れるようなことをしてしまったのだろうか?」
「心当たりはあるのか?」
「いや、祭事は欠かさなかったし、なにも抜け目はないはず……」
「気づけていないことにそもそもお怒りなのかもしれない」
「違う。これは罰なのではなく、試練なのかもしれないぞ」
そろいもそろっておバカなのかな、この人たちは。病気を治すのは神でも龍でもなくて、薬に決まっているだろうに。これはまだ信者から搾取しているだけのカルト教団の方がましかもしれない。国が今まで滅びなかったのが奇跡としか思えないな。
そして、どうしてそもそも私はここに参加させられているのだろうか? 伯爵の信頼を勝ち取る力はすごいのだな。はっきり言って我々は完全によそ者なのに。
「ここはぜひともミラージュさんの意見もお聞きしたいですな」
どうして私に振るんだよ。困ったな。ここで「治療するしかないと思います」なんて言ったところで、この人たちのよくわからない逆鱗に触れるだけだし、それっぽいことを適当に言っておこう。
「ええと……ここでいくら話し合っても埒があきませんし、もう直接神龍さまにお聞きすればいいのではないでしょうか? 何とかしようとする姿勢をみれば、神龍さまもお許しになるかもしれませんし」
「「「……」」」
あれ、なにかまずいことを言ってしまったか……?
「それだ!」
「さすがはミラージュ殿、あのワイド殿の右腕なだけはある!」
「その発想はなかった!」
ああ、やっぱりこいつらは阿保ばかりだ。心配して損したぞ。
「いえいえ、このくらいなんでもないですよ。この国に対する恩に比べれば」
でも、私の意見がそのまま採用されてしまうのは、すこし面倒だな。もし上手くいかなかったら、我々はここから排除されてしまうだろう。
阿保神官どもは、中央奥に座っている大神官に伺いを立てた。
「いかがですか、スドゥーガさま!」
スドゥーガさまと呼ばれているこの大神官は、さっきから一言も喋らない。大神官の割には他の神官たちよりも一回り若く見える。美形な顔だから、そう見えるのか?
周りがギャーギャー騒ぐだけの阿呆なだけに、何を考えているのか分からないこの男は不気味だ。
「ふむ……一理ある。我々が誠意を見せたなら、きっと神龍さまも道を指し示してくださる」
……こいつも結局阿呆なのか? いや、なんだろうな。この男、本心から言っていないらしい。
もしかすると、この男は信者の頂点にして、最も信仰心の薄い人間なのかもしれない。周りの神官たちを適当にあしらっているようにも見える。
「では、スドゥーガさまにその陣頭をお願いしたいのですが」
「……わかった。では準備の方をよろしく、明日の午後から始めるから」
「分かりました」
そこで会議は終わってお開きとなった。
あの大神官、油断のならない雰囲気はあるが、今回の件だけに関しては、大丈夫か。我関せずとでも言いたげな態度。病気のことだって、どうでもいいとさえ思っていそう。どうしてそんな男が大神官なんてやっているのかが気になってきたな。
そう思っていた矢先、予想外のことに、向こうから接触してきた。
「ミラージュ殿、この後時間はあるか?」
「……? ええ、ありますが。しかし珍しいですね。スドゥーガさまが私にお話とは」
「少し話がしたくなってな。君たちに興味が湧いてきたのだよ」
「……はぁ、なるほど」
恐ろしいな。こちらを見定めるような目だ。油断は出来ないな。
「場所はどうしましょうか? そちらに伺った方がよろしいでしょうか?」
「いや、私の方から言っているのだから、私からそちらに行くのが筋というものだろう」
「……」
部屋まで調べるつもりなのか。
「しかし、大神官様をお迎えできるような部屋ではありません」
「そういうことは気にするな。ともかく、今からミラージュ殿の部屋にて、話をしよう」
強引だな。何がなんでも私の部屋に来たいということか? ますます気をつけなければならないな。
全く、割と大事な局面だというのに、伯爵はどこで何をやっているっていうのか?
「では、行こうか」
「え、すぐにですか?」
「あいにく、あまり暇でもないんでね。時間を空けてというわけにもいかないのだよ」
くそ、なにかを隠したりする時間を与えないつもりか。
結局押し切られてしまったな。まあいいさ。何か見られてまずいものがあるわけでもないしな。
「ふむ、よい趣味をしている部屋ではないか。何も恥じることはない」
「それならよいのですが……」
大神官は部屋の端から端まで、じっくりと見回している。鋭い瞳で見られると、やましいことがなくてもすくんでしまいそうだな。
しかし、もちろん何かが見つかるわけでもなく、大神官は席についた。こちらだけが何か詮索されたみたいだが、こちらからも何か仕掛けてみようか。
「大神官、紅茶は好まれますか?」
「普段は飲まない。だが、たまにはそれもよかろう。いただく」
二杯、紅茶を注いだ。それを卓上に出すと、大神官はカップの中の水面をじっと見つめた。
ここにも警戒は怠らないというわけか。疑り深い男だ。
「ミラージュ殿は、南から来たというが」
「ええ、シャラパナという国から来ました」
「出なくてはならない事情が?」
「ええ、そうですね。我が主人、ワイド伯が国に反駁いたしまして、いられなくなってしまいました」
「それは、大変だったな」
「大神官さまには、我々を受け入れてくださったことを感謝しております」
大神官はすこし口角をあげた。
あまり喋らない大神官は、そのくせ私の目を真っ直ぐ見てくる。居心地が悪いことこの上ない。
「バサバサバサ!!」
ん? 伯爵からの伝書バトだ。どうしてこのタイミングで?
「何か、来ているが?」
「ええ、主人からです」
「開けるといい。ハトを使うほどだ。もしかしたら危急のことかもしれない」
「ええ」
ハトの足にくくりつけられている筒から紙を取り出すと、一応大神官には見えないように開いた。
「ミラージュくん
今、君は本教会の方に居ると思う。そこで、俺の計画の総仕上げの準備をしてもらいたい。
この国の頂点、要するに本教会の長である大神官こそが、神龍に次ぐ柱だ。もしもこの大神官が死ねば、国は精神的支柱をなくすだろうから。
その大仕事を君に任せたい。ただし、一つ条件がある。外傷はなしで頼みたい。そちらの方が都合がいい
では、よろしく頼むよ
」
何というタイミングだろうか。念のために見えなくしておいて大正解だったな。
「緊急だったのか?」
「え、い、いや。まったく何でもないようなことでした。わざわざこんなことで連絡するだなんて……まったくもう」
しかし、この期に及んでも大事なところは何も言わないんだよな、伯爵は。どうしてわざわざこの国を壊す必要があるのか? 別にそこまでする必要が……
まあ、どのみち伯爵の言うことに文句を言うつもりなんてない。この男、今目の前で殺してしまうか?
外傷なし、ならば毒か。服の確かここら辺に……あった。ハハハ、悪趣味と思われるだろうが私は毒薬を常備している。こういう場面もあるだろうから。
「この国は、そんなに急がなくてはならないことなんてないからな。この私がいる限りは」
大神官は、窓の外をぼうっと見た。おいおい、このタイミングでよそ見をするか? これは都合が良すぎるだろ。
もちろん、その隙を見逃すはずがない。急いで大神官のカップに毒薬を流し入れた。
振り返った大神官は、なにも怪しむこともなくカップに口をつけた。これは、イージーすぎやしないか? さっきまでの挙動からは考えられないから、驚いている。
……ところが、大神官の様子は全く変わらない?
「さて、茶番もほどほどにしておこう……」
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