第205話
~マハムンテ郊外~
驚くほどに普通の町。ただ、何かを売り買いしているような店が一つも見当たらないことがおかしなくらいか? そのかわり、宗教関係と思われる建物や、病院や保育園、学校なんかの福祉関係の建物が大量にひしめいている。
「タイセイさん、フードをもっと深く! お尋ね者になっているかもしれないことを忘れないでください!」
「ああ、そうだった。危ないな。でもついついこの町を見渡したくなる」
街並み自体はかなり綺麗だ。白基調の建物が目立ち、明るく見える。
人々も思ったより平々凡々に暮らしているようで、なにか怪しげなことは何も起こっていない。自分たちがマハジャ教を信仰していないこと以外は極めて平和なのだ。
「今日はこのくらいで引き揚げましょうか」
「え? こんなに早くですか? まだ明るいですよ?」
「暗くなってから調べます。今のうちに休んでおきましょう」
ここに来てから、シルバータさんはより真剣になっている。鋭くあたりを見回す眼差しは、なかなかにかっこいい。
僕たちがお世話になっているのは、町はずれのちょっと寂しい感じの宿。小さいので宿泊代もあまりかからない。ここに戻って来て、夜になってからまた街に繰り出すらしい。
「では、ちょっとの時間ですけど休みましょう。夜はもっと神経を使いますから、しっかり休んでいてくださいね?」
「分かりました」
夜になった。ドウランだけは留守番として宿に残して僕たちが外に出ると、昼間の真っ白な壁たちは青くなって眠っている。
「静かですね」
「娯楽がほとんどないですから、夜に外に出るような娯楽がないのかもしれませんね」
「じゃあ、どうして外に出てきたんですか?」
「静かな方が何か恐ろしいものがあるかもしれませんから」
人が通りにほとんどいないので、人ごみの中に身を隠すわけにもいかない。僕たちは建物の影に隠れながら、こそこそと進んだ。
「お尋ね者が夜にこうして隠れながら町をウロウロとしているっていうのは、我ながら似合っていますね」
「確かに、フフ」
フードの奥から微かに見えたシルバータさんの口もとはちょっと口角が上がり、恐ろしくも艶めかしい。
すぐにキリと口を噤んだシルバータさんはさらに町を進んでいく。こんなにも静かな町で、何か記録しなくちゃいけないことなんてあるのだろうか? そうたかをくくっているところだった。僕のなまけた心を見透かすように、何か怪しげな光景が飛び込んできた。
「これは……?」
「しっ! 我慢ですよタイセイさん!」
思わず大きい声が出てしまいそうになった僕の口を、後ろからシルバータさんが押さえた。
ある何でもない一軒家の前に白服の集団が立っている。どうやら家の中の人間ではないようである。なにか物々しい雰囲気で家の前に立っているのだ。
白服の一人が玄関の扉を開けた。なにか呼びかけるわけでもなく、ノックをするわけでもなく、ただ勝手に開けた。
「な、なんだ!」
家の中から、住んでいる人たちの驚く声が聞こえてきた。
「マハジャ教会審問部だ。ここはビルク家で合っているな?」
「……」
「まあいい。もう調べはついているんだ。一家全員、連行させてもらうぞ」
白服はぞろぞろと中に入っていった。
息を殺して、その様子を少し遠くの建物の影から見ていたのだが、次に建物から出てきたときには、白服に掴まれた家の人々も一緒だった。
「やめろ! 違う、違うんだよ!」
「離してちょうだい!」
「痛いよ!」
何人出てくるんだよ!
「これは、おそらくは異教徒かなにかだという疑いをかけられたのでしょうね」
「それで連行されているんですか」
「ええ、一家全員連れていかれるようですね」
やがて白服と一家はどこかへと行ってしまった。
また静かになったところで、シルバータさんは道を出た。
「せっかく留守と分かっているんですから、中に入ってみましょう」
「空き巣と同じ発想ですね」
「何か気になるものがあれば、本当に持って帰るかもしれませんよ?」
シルバータさんは正面から堂々と、しかし静かに素早く一軒家の中に侵入した。僕も出来る限りそれに倣って中へ。
家の中は少し荒れていた。住んでいた人たちも、白服に多少の抵抗はしていたし、まあこんなものだろう。
「見たところ普通の家ですね」
「そうですね、何も変わったところはない感じ。窓の外が見えなければシャラパナの中だと言われても信じてしまいますよ」
いくつかマハジャ教の法具?のようなものがあるほかは、なんの変哲もない、普通の雑貨、家具に調度品が並んでいるばかり。
とても、さっきのような物騒な白服どもと縁があるようには思えない平凡さだ。
「この家の人々の嫌疑ってのは、どこから来たのでしょうね?」
「あの白服さんたちはある程度確信を得ているらしかったですからね」
何か証拠のようなものがあったのには違いない。
部屋から部屋へと移るが、そのようなものは見当たらない。ただの勘違いだったかな?
「普通、こういうのは隠すものですから、そうそう簡単には見つかりませんよ」
シルバータさんは見透かすように言った。
彼女は手慣れた様子で家の中を物色していく。普通何もないだろうと思ってしまいそうなところまでひっくり返していく様子は、本物の空き巣よりも凄まじい。
シルバータさんは、もちろんマハジャ教の信者なんかではないから、マハジャ教の祭壇や経典にも容赦ない。地下室に置かれていた龍の像がついた神棚のような何かも容赦なく引っ剥がしたのだ。
「ちょちょ! さすがにそんなことしちゃ!」
「任務なんですから、やらないわけにはいきません。それに、この龍の像、この家にとっては大事なものでもなんでもないようですから」
龍の像の奥には、空間があった。そこを奥に行ったところには、もう一つの像。龍などではなくなにか別の神様の像だった。
「あれは?」
「わたしにも分かりませんが、おそらくはマハジャ教以外の宗教でしょうね」
「じゃあ、これが見つかって?」
「異教徒は排除されてしまいますからね」
おそらくは、この家族は見つからないようにしながらコソコソとマハジャ教ではない他の教えを信仰していたのだろう。元の世界でかつてあった、隠れキリシタンのようなものである。
それが運悪く見つかってしまったのだろう。ちょうど僕たちの目の前で捕まってしまうと、関係のないことなんだけど、気の毒になってしまう。
変わったものではあるけれど、何か重要なことが分かるわけでもないということで、もう家から出ようかというところ、それははっきりと聞こえてきた。
「ギャァアアア!」
「え?」
「何ですか、これ」
赤ん坊の泣き声が突然聞こえてきたのである。声がするのは、神の像の中から。
しかし、神の像のもとにいっても、赤ん坊なんていない。声だけが像から聞こえてくるのだ。
「怪しげな仕掛けか何かでしょうか?」
「何のために?」
「ほら、霊的な感じを仄めかして私たちみたいな侵入者を怖がらせる、みたいな」
「可愛い発想ですね」
しかし彼女は割と真剣に言っていた。
でも、こういうやつの仕掛けって案外ありきたりだったりする。像の後ろ側に回ってみると、予想通り隠し扉があった。
「ここだな」
ギイと音を立てて観音開きの引き戸は開いた。聞こえる声は大きくなった。
赤ん坊は、像の中に敷かれていた粗末な布切れの上に裸で寝かせられていた。突然光が差し込んできたのが眩しかったらしく、一層激しく泣いたものだから、こっちはこっちでシルバータさんがビクッとなっている。
「よしよし、あまり大きい声で泣くんじゃないよ」
ここに放置されていた、というよりも、一人だけ隠し通されて助かったというところだろう。
「タイセイさん、大丈夫そうですか?」
「ええ、心配ありませんよ。ただの赤ん坊です」
恐る恐るシルバータさんが像を覗き込むと、赤ん坊は何故か泣き止んで、笑顔になった。
「あれ、もしかしてシルバータさんのおかげで泣き止んだ?」
「ええ? 私ですか?」
しかし困ってしまったな。知らない子だけど、こんなところで見かけてしまって、見捨てていくなんてできないし……。
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