第200話

 でも、まずいことしちゃったな。これで完全にあの商人と白服を敵に回してしまった。自分の短気なところは直さないと……


「子爵、一旦考え直しましょう。ああは見えても、まだやりようはあるかもしれませんから……」


と、言うのももはや気休めかな。実際ああも強い信仰心で縛られたあのチーリンは、もうその信仰を捨てないかもしれない。


 ノース家の屋敷に戻る途中、街中で白服の一団を見た。


「神龍は常に我々を……」


「私たちのしなければならないのは……」


演説? 布教? をしているらしい。歯痒いのは、あれをそのまま取り締まることができないということ。法律ってのは不完全みたいだ。すぐさまあの白服たち全員を捕まえて牢に突っ込めば全てが解決するっていうのに。


 屋敷に戻ると、空気がズンと重い。みんなして、ことの難しさを思い知ったのだ。


「どうにかならないもんなんすかね」


「そのどうにかを考えなくちゃならないんだよ」


「僕思ったんですけど、子爵の首長としての権力を行使してあの土地を取り上げちゃうってのは出来ないんですか?」


レイン……随分と無理矢理なことを考えるもんだな。正直私もそうして欲しいところではあるけど。


「それをやっちゃうと、今度は子爵の方が悪者になってしまいますよ。宗教ってのは、信者にとっては権力よりも強いものなんです。下手をすれば逆効果になってしまいますよ」


こちらが全く手を出せない、まるで人質を取られているような状況だから、普段取るような手段は何一つとして使えないと思った方がいい。


 向こうが搦め手ならば、こちらも……


「宗教を否定するなら……」


グレル姉弟との会話を思い出した。どうやらワイド伯爵は宗教を否定するつもりらしいが……一体何をするつもりなんだ?


 前も考えたことだが、宗教を支える何かしらの定義じみたものを壊してしまえばいい。


「お二人ともマハジャ教について、調べてみましょうか」


「あれ? パコスキーさん入信するんですか?」


「シャラパナから出て行ってくれるっていうのなら入信してあげてもいいですけどね」


情報集めをしないとなにも始まらない。兵法においても、敵を知ることは必勝のために大切。


 私たちは、街中で布教活動をしている白服たちの演説の聴衆の片隅にひっそりと混じった。演説は途中からだったので、余計に分からなかったけれど、所々を懸命に聞いた。


「神龍はそのとき、使いとして白い大蛇を使わし、苦しむ人間たちを救わしめたというわけです」


白服の一人は聴衆の中心で熱弁している。信者たちは黙ってそれに聴き入っている。その後ろを何も知らない人たちが、一瞬好奇の目を向けて通り過ぎていく。


 私たちも、聞いているからには信者っぽくしなければ怪しまれてしまう。めちゃくちゃ熱心な振りはしておかなければ。正直何がいいのかさっぱり分からないけど。


 今日の内容は、どうやら経典の解説らしく、やたらと神話じみた話が続いていた。その中でかなりの回数出てきているのは、白大蛇のことである。


「感謝した人々は白大蛇を助け、それ以来白大蛇は一度たりとも人間に害をなすことはないという……」


白蛇は人を傷つけない……そんなことあるかい。蛇なんだから、人間が何かちょっかいを出せば襲い掛かるに決まっている。そのくらい分かりそうなものだが……


 しかし、この妄言はなかなか真っ赤な嘘であるとはバレにくい。嘘というのも俗な言い方ではあるが、崩れにくいのには訳がある。そもそも、この白い大蛇というのが、世界中を見回してもいるはずがないのである。そう、いないものが人間を襲わないかどうかなんて、確かめるすべが無いのだ。だから必然的にバレるわけがない。これが宗教にのみ許された絶対不可侵のブラフである。


 ……これはいいことを思いついたかもしれない。逆に言えば、あの宗教は絶対不可侵だと思い込んでいるのだから、そうでなくすればいいのである。つまりは、話にでてきた白い大蛇がもし本当にいて、暴れまわるなんてことがあれば……


「レインさん、マーベルさん。ここらへんでいいでしょう。戻りますよ」


二人を連れて輪から抜けようとした。


 しかし、白服はそれを見ていた。


「あら、そこのお三方。まだ話は終わっていませんよ? どこに行かれるというのですか?」


「ああ、急用を思い出してしまって」


「いけませんね。神龍のお言葉を差し置いていく用事など、果たしてありましょうか?」


いけない、自分たちが信者だという体を忘れていた。話の途中で抜けるのは、信者としては言語道断の所業らしく、周りの本物の信者たちからの視線も随分と冷たい。


「……お二人とも、逃げますよ!」


振り返って一目散に逃げだした。


「あ! お待ちなさい!」


幸い今回はタイセイさんがいないから、全員それなりには走れる。逃げ切るのは案外簡単だった。


 子爵の屋敷はさすがに白服たちも手を出すことができない。ここまで逃げてくればもう安全である。


「しかし一度怒り出すとあんなに過激になるんですね」


「いけない薬にでも手を出しているのかと思うほどでしたよ」


私たちを追ってきたのは、白服たちの他に信者たち大勢だった。彼らの目は血走っていて、とても普通の状態には見えなかった。あれでなにも変なものが入っていないというのだから、かえって純粋な狂気だ。


 でも、そのくらいの危険を冒したくらいの収穫はあった。あの話にあった白い蛇……


「お二人とも、白服の話の中に白い大蛇のことが度々出てきていたのを覚えてますか?」


「えーと、そうでしたっけ?」


まあレインにはもともと期待していない。


「ああ、出てきましたね。確か人間を救う神の使いだって」


「ええ、そうです。しかも私が引っかかったのは、その大蛇が人間を襲わないってことなんです」


「確かに蛇が絶対人間を襲わないなんてことはありえないことではありますが、そもそもそれは誰も信じちゃいないでしょう?」


「それを信じるのが信者というものです。だから、そこを崩したい」


「崩すっていったって白い大蛇なんていないんだからどうすることもできないじゃないですか」


「なに、そのためにあなた方がいるんじゃないですか」


わざわざかさばる配合マシンを持ってきたという甲斐もあったというもの。これを使えば……


「お二方、この白い大蛇を生み出してもらってもいいですか?」




 そもそもが無理難題の状況なのだから、このくらいの無茶を言うのは許してほしいもの。二人はうーんと頭を抱えていたが、消極的でもないようだ。


「確かに、配合マシンを使えばいけるかもしれませんね。やってみましょうか」


「タイセイさんがいないのは若干不安ですけどね……」


というわけで、この世に存在しないはずの龍の使いを創り出す試みが始まった。


 マーベルさんとレインが忙しそうに動き始めたから、私もなにか手伝わないと。


「幸い、蛇はすぐそばにいるんですよね。とびきりの大蛇が」


「今回はルビーちゃんに頼ることになりそうですね」


「ルビーちゃんは配合マシンに入らないから、血を採ってこないとね」


どうやら、今回の焦点はルビーちゃんこと車を引いている大蛇の相手を探すことにありそうだ。残念だがルビーちゃんは白くはない。


「白い動物を掛け合わせたらいいんじゃないですかね?」


「でもそうそう簡単に白い動物なんているものかな?」


二人の会話を脇の方で聞いていた子爵は、おもむろに口を開いた。


「この季節だから、山に白い熊が出るぞ」


窓の外に見える、その山々を眺めながら細い目をしていた。


 あの連なる山々はホルンメランからゴースにやってくるのに通ってくる山である。今の季節は、山頂に雪の帽子を被っている。あそこならば、確かに白熊もいそう。


「ならば、捕まえに行きますか」


「しかし獰猛だぞ? その手の狩人だって十人がかりで挑むような相手だ。あまり簡単にはいくまい?」


「大丈夫ですよ。なんせこっちには将官がいますからね……」


あれ? 二人して私の方を見ている。もしかして、私が捕まえなくちゃいけないの?

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