第126話
賊は兵士くんと打ち合っているが、これが全くの互角といった様子。兵士くんには失礼だとは思うが、今までのを見ていると、とても兵士くんが敵いそうな敵がいるとは思えない。
盗賊の方も、確かに強く打ち込んでいるものの、あまり本気なようには見えなかった。その場で兵士くんを抑えているだけ、倒しにはいっていないように見える。
中にいるキャルメールはその音を聞くと騒ぎ出した。
「クラークか! 来てくれたのか!」
さっきまでは仲間のことは名前であっても話さないとか言ってたくせに、もうしゃべっちゃってるじゃないか。
「ああ、来たぞ。やはりお前がいないとどうにもならない。早く助けだしてやるから、待ってろ。」
クラークという賊は、中にいるキャルメールにそう答えた。
キャルメールがいないと、どうにもならない。どうしてだ?……ああ! わかった。そういうことか。
こいつらであっても、さすがに龍輝石がどこにあるのかは分かっていない。そんな中で、洞窟の中を探索するのには膨大な時間がかかってしまう。追っ手をさばきながら石ころ一つを探し出すのはとてもじゃないが不可能だ。
そこでキャルメールの出番である。彼女の千里眼の能力があれば、もう少し簡単に龍輝石を発見することができるだろう。クラークはその能力をあてにしているのである。
そのことにいち早く気づいたアイラは、テントの中にいるキャルメールの番に向かって叫んだ。
「その子の口を塞ぎなさい!」
「モゴッ! モゴッ!」
間一髪助かったようだ。何も彼女を今助ける必要はない。キャルメールが千里眼で見つけ出した龍輝石の場所さえクラークに伝えてしまえばいいのだ。それを分かっているから、クラークは兵士くんを倒さずに戦っていたのである。
しかし、その思惑がつぶされてしまうと、クラークも厳しい。
「……もういいか、強引に行くぞ!」
「ガチン!」
「うぉっ!」
「カチンカチンカチンカチン!」
クラークの勢いが増した。どうやら本気になったようである。
兵士くんは頑張っているが、明らかに押され始めた。
「下がるんだ!」
「そうだよ、君だけじゃ危ない!」
僕たちの方をチラッと見た兵士くんは、こちらの方に飛び込んできた。クラークはそれを追おうとしたが、ゴリラが割り込んでそれを阻んだ。
「くそ! すいません。」
「善戦してた方だって。向こうは魔族なんだろ?」
「それでも時間くらいは稼ぎたかったな。」
クラークは拍子抜けしたようだったが、ゴリラの攻撃をかわしながらまたテントに近づきはじめた。
「中が狙われたらまずいですよ!」
入り口にはアイラが立っている。彼女は剣の柄に手をかけて、すでに臨戦態勢である。
しかし、誰もがクラークの狙いを見誤った。彼はテントの中にいるキャルメールを狙っているのだと、僕たちの誰もが考えていた。が、そうではなかったのだ。
「ボウッ!」
突然クラークの姿が緑の炎となって立ち消えてしまった。
「どこに行ったの!」
見失ってキョロキョロする僕たちを嘲笑うかのような幻術。
「ここだよ。」
次の瞬間、クラークはアイラの背後に立っていた。
「小娘一人といえども大貴族サマだ。大した人質なのだろう?」
アイラの肩に手を回すと、クラークは剣を突きつけた。
「さあて、交換といこうじゃないか。君たちが捕らえているこちらのキャルメールと、僕が今人質にしているジョシュア伯を交換しようじゃないか。」
やられたな。つくづく盗賊ってのは卑怯だ。アイラを見捨てることなんて到底できるわけがない。しかし、キャルメールを引き渡してしまうと、龍輝石の場所を知られてしまう。中々に詰んでいる状況だ。
さて、どうしようか。みんなで顔を見合わせるが、そんなので答えが決まるわけがない。クラークはだんだんとイライラしはじめた。
「お前ら、早くしろ! こいつがどうなっても良いのか!」
めちゃくちゃ定型文なことを言ったな。でもしょうがないじゃないか。お前が同じ立場だったら早く決められるっていうのかよ?
そんな絶体絶命の状況、あきらめてアイラを解放してもらおうとみんなが考えたその時、予想外のことが起こる。
「ドスン!」
「ぐほぉ!」
突然クラークが崩れ落ちるようにその場に倒れこんでしまったのである。
よくよく考えてみれば、予想外でもなんでもなかった。クラークは人質の人選を誤ったのである。たしかにアイラは見た目だけで言えば華奢な少女である。何も知らない人からすれば、もっとも人質にしやすいと考えるはずだ。しかし、そこに落とし穴。今このテントにいる人間の中で、アイラは間違いなく最強なのである。
クラークは、アイラ・ジョシュアの豪傑ぶりを知らなかった。そして、てっきりか弱い女性貴族を人質にしたと思い込んで油断したところを、彼女は見逃さなかった。ひじでクラークのみぞおちに強烈な一撃。予想だにしていなかったのだから、当然耐えられるわけもなくクラークは悶えて動けなくなってしまった。
「あなたも囚われてしまえば全部解決じゃない?」
皆で用意した新しいロープでクラークをキャルメールと同じように縛り上げてしまった。
さて、またテントの中の人数が増えてしまった。ここまで来るとちょっと窮屈だ。縛られた状態で並んだ賊二人は、うれしくない再会である。
「あんたまで何やってるのよ!」
「仕方ないだろ! ジョシュア伯がこんなに強烈だなんて知らなかったんだから。」
「それはあんたの勉強不足でしょう!」
「勉強不足以前に、人のことを見た目で判断するからよ。失礼しちゃうわ。」
アイラはクラークの取り調べに入った。
「あなたの名前はクラークと言ったわね。あなたも魔族なんでしょ?」
「そうだ、うちは全員が魔族だからな。オレは『エスケプス』だ。」
「……? 聞いたことない種族ね。」
僕が聞いたことないのは毎度のことだが、今度はテントの中で知っている人が一人もいなかった。
「知らなくて当然さ。かなりの希少種だからな。存在を知ってるのなんて一部の学者くらいのものさ。」
そりゃあ誰も知るわけがないよな。
「もともとは別に希少な種族でもなんでもなかったらしいが、どんどん数を減らしてしまったらしい。」
「オレたちの種族は『逃げる民族』なんだよ。」
「『逃げる民族』?」
「オレはそんなことないんだが、他のエスケプスはみんな臆病でな、何かがあるごとに逃げ出してしまうのさ。」
ほんとに逃げるんだ。物の例えとかではなくて?
「少しでも危険があればすぐに逃げる。災害が近くで起こると示し合わせるわけでもなく、一族全員で逃げてしまう。果てには自分たちよりも弱い生き物や民族が相手でも争いになれば逃げてしまうという具合だよ。」
逃げすぎだろ。
「そんな調子だから、当然生存競争では最弱。あっという間に人数を減らしてしまったっていうのがオレたちエスケプスの歴史だよ。」
ふざけているようにしか聞こえないが、本当にそんな奴らがいるのか。
「あなたたち、ワケアリしかいないの?」
アイラは遠慮なく突っ込んでいく。
「ワケアリじゃないのに窃盗団なんてやるかよ。オレなんて盗賊にはうってつけだよ、逃げ足は誰よりも速いからな。ジョシュア伯の後ろに回り込んだのも、本来は逃げるためのやつだしな。」
自分で言っちゃうのな、それ。
そのあとも、いろいろと聞いたがクラークは大概黙秘した。ここはキャルメールと一緒だ。仲間意識は相当に強いらしい。
結局、キャルメールから得られた以上の情報は引き出すことはできなかった。アイラもついにあきらめてた。彼女の興味はまたエルマンテ都市内の大捕り物の方に向いたらしく、キャルメールの方に体を寄せた。
「おい、何をしてるんだ?」
「なにって、この娘にエルマンテの中を見てもらってるのよ。面白いわよ。」
「な……! どうしてそんなことしてるんだよ、キャルメール。」
困惑しているクラークを誰も相手にすることなく、全員が千里眼に映っている街の様子を覗き込んだ。
テントの中の人数は増えてしまったが、落ち着くことができてよかった。こちらがゴタゴタしているうちに、千里眼の向こうはもっと激しく動いていた。
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