第125話
バーの中は、何もしていないようで、外の寒さがそのままになっていた。
「空調とか、何もしていないのも怪しいですね。」
「そんなことをいちいち言ってたら、なんだって怪しくなってきてしまいますよ。」
と言いつつも、なんだかんだで私自身も気味が悪くなっていた。酒瓶の甘ったるい匂いが暗い中に充満しているせいもあるだろうが、ここがさも悪の巣窟であるかのように思えて仕方がない。
消えてしまった例の男の居場所もまだわかっていない。忽然と姿を隠してしまったのだから、そのオカルトが気味の悪さに拍車をかけている。
だがこちらに関しては、意外とすぐに解決した。
「ルアー中将、こっちに来てください。ここに扉がありますよ。」
質素なだけの建物だと思っていたが、地下に続く床扉があったのである。
しかし、すぐにこれを開ける気にもなれなかった。決して臆したというのではないが、中がどうなっているのかが分からないからだ。
「さて、どうしましょうか? この下がどうなってるのかが分かりませんからね。」
「あなたでもさすがに突撃はしないんですね?」
「さっきから扱いがちょっとひどくはありません? 心外なんですけど。」
「すいません。ただ武力で押してしまうものとばかり思ってましたから。」
「私はそんなことをしませんよ。この場面で迷いなく突っ込んで成果を上げられるのは、天才くらいのものです。」
「ピオーネ・パゴスキーですか?」
「あら、皆さん天才というとパゴスキー少将の名前を出すのですね。」
今回はこの街には来ていないようだが、ホルンメランのピオーネ・パゴスキーといえば有名だろう。
そもそも、十代の将官というのが異例のこと、その上さまざまな武勇伝がこの街にまで伝わってくるほどだから、大抵の軍人は彼女のことを知っているのだ。
そんなパゴスキーなら、迷いなくこの扉を開けて地下に押し入っていくことだろう。それとも、私たちが想像だにしないようなやり方を選ぶのだろうか?
というような、どうでもいいことを考えてしまうが、今ここにいるのは、私たち二人だけ。
「彼女のやり方は、少々特殊ですからね。正道と邪道が混ざり合わさったような軍人です。とても真似することはできない。あなたたちも、あれに被れてしまうようなことがあってはいけませんよ? 貴方たちは貴方たちなのですから。」
私一人に言っているのか、それとも軍人全員に向けてのメッセージなのか。その後でシルバータ大将はこう続けた。
「その役目は私が負うべきものです。曲がりなりにも大将ですから。人間として尊敬されるかどうかは自信がありませんけど、せめて軍人としては貴方たちの目標でありますよ。」
大将は慎重に床扉の金具に手をかけた。
湿った古い木が擦れる音が静かな部屋の隅々まで響いたことに神経を擦り減らしたが、ついに扉を開くことができた。
「奥の方は見えます?」
「見えないですけど、すぐそばに誰かがいるわけじゃなさそうです。」
「じゃあ、私から行きましょう。」
「いえいえ、上官を先に行かせるわけにはいかないでしょう。」
「だって私、興味があるんですもの。それにあなたが降りるより私が先に降りたほうが安全でしょう?」
ゔっ……! それはそうなのだが。
多少悔しいが、彼女の言う通りなので、先に降りてもらう。シルバータ大将は下に気を配りながら、そろっと降りていく。
「何か見えますか?」
「いえ、何も。ただちょっと酒臭さが増しましたね。」
「一応は本当にバーみたいですね。けれどどうして住所なんて偽ったのでしょうか?」
「それは分かりませんね。本人に聞いてみなくては。」
大将は一番下まで下りたようだった。
彼女は周囲を見回したようだったが、男の影はそこにもなかったらしい。
「さあ、降りてきてもらっても大丈夫ですよ。何も危ないものはありませんから。」
「私は子供じゃないんですから。そんな過保護になられても困ります。」
「あら……私は軍の全員のお母さんのつもりなんですけどね。」
同い年でしょ、私たち。でも大将ってのはそういう立場もあるのか……。
不本意な心配をされながら下まで降りると、確かに酒臭い。空きびんからは甘ったるい匂いがするし、それがしみ込んでいる木の箱はますます嫌なにおいを発している。
地下室には先があった。細長くなっている先にはもう一つ扉がある。銀に光っている金属の扉だ。
「開けますか?」
「ええ、行きましょう。もう迷うことはありません。」
散らかったものを足蹴にしながら扉の前まで進むと、今度は私が扉を開けた。
「……階段しかありませんよ。」
「あれ、それも上に続く階段ですか。」
階段は登りになっており、上にはまた扉。今度はさっきと違って下から上に開ける。
シルバータ大将はもうためらうことなく扉の金具に手をかけていた。下から上に押し開けると、
「うわっ、まぶしい!」
光が差し込んできた。外の光である。
そう、私たちは再び外に出てしまったのである。どういうことなのか、いまいち理解できなかった。
「これは一体?」
「またやられましたよ。」
「はい?」
「あの男の人、私たちの尾行になんてとっくに気づいていたんですよ。それだからこんな何もない場所に誘導した。」
やっぱりあれはバレていたのか。すると、例の男はここからさっさと逃げてどこかへ消えてしまったのか。見事なものだな。けれど、これでますます確信が持てた。あの男こそが賊だ。
シルバータ大将は悔しそうな顔をしているが、むしろ追い詰めていると思ってもいいのではなかろうか? もう相手がどんな奴かは分かっているのだから。
―洞窟前テントでは
千里眼でスポーツ中継のようにして、賊の逃走を観察していたのだが、またもや逃げおおせてしまった。なかなかの手腕である。
「ははん。本団の大将さまのこれじゃあ形無しね。」
「なにを! 逃げてばっかりのくせして。戦って勝ってから威張りなさいよ!」
アイラはかなりご立腹である。
「私たちは盗賊なのよ? まともに戦うわけないじゃないの。」
それは至極ごもっとも。シルバータさんが倒した二人にしたって、ちゃんと戦ってくれたのがかなり良心的だったのである。
しかし、盗賊の能力というのを舐めていたな。てっきりあの鳥が化けたような魔族だったから、知能というか、頭脳戦はそこまで得意ではないと思っていたのだが、追っ手の二人を見事に振り回している。僕たちからは彼の位置が分かっているのだが、もうとっくにシルバータさんたちからはかなり離れた場所まで行ってしまっている。
僕たちはシルバータさんたちに何も伝えないという約束をしてしまったから、余計にもどかしい。証拠とまではいかなくとも、確信はもう持てているんだ。あとは捕まえるだけなのに、するすると逃げ出されてしまった。
そんなふうに熱中してみていると、急に外にいたゴリラが騒ぎ出してしまった。
「ッホッホッホッホ!」
「何があったんでしょうか?」
兵士くんが外に様子を見に行くと、すぐに彼は叫んだ。
「誰だお前は!」
何事かと思い、キャルメールとその見張りに兵士を一人残して全員外に出ると、そこには見知らぬ人間が立っていた。
「誰だ。」
「オレが誰かなんてどうでもいい。ただ仲間を返してもらいに来た。」
察してはいたが、こいつもプライムナンバーの団員の一人である。さっき洞窟の中に入っていった、キャルメール以外の二人の賊の中の一人である。
彼はキャルメールを取り返しに来たようである。
「そんなこと言ったところで、返してもらえるって思ってるわけ?」
「オレだって返してもらえないことは百も承知。だから、強引に行かせてもらう!」
賊は突然武器を取り出して襲い掛かってきた。
短剣の二刀流? そのような武器を取り出して、迫ってきたので、兵士くんが素早く剣を抜いて彼の前に立ちはだかった。
「貴様に用はない!」
「こっちにはあるんだよ!」
「ガチン!」
兵士くんと賊が打ち合いを始めた。
それにしても、鉱山の中にいたはずのこいつがどうして今になって急に出てきてキャルメールを奪い返しに来たのだろうか?
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