第124話
この人、本当に規格外だな。でも、いちいち空を飛ぶのはやめてほしい。猛スピードで空中を振り回されると、どっと疲れてしまう。
次から私だけ馬で移動させてもらおうか。
「ルアー中将、何ボーっとしてるんですか?」
「え、ええ。大丈夫です。」
大将は怪しげな人物に声をかけて、色々と聞き出している。
「あなた、何か知ってることはありますか? この人の顔とか、見たことないですか?」
そう言われても、こんな人の顔を見たことはない。マントで隠していてよく見えないし、そもそも私は市民一人一人の顔を覚えてなんていない。正直ハル様以外の顔になんて興味ないのだから。
シルバータ大将は呼び止めた怪しげな男に色々と聞きはじめた。
「あなた、エルマンテ在住で?」
「ええ。そうです。」
「お名前はガルシアでしたよね? お仕事を教えてもらっても良いですか?」
「……バーの店主をやっております。」
「へえ、東通りで?」
「いえ、西通りの裏手の方です。」
「行っても良いですか?」
「……どうぞ、いらしてください。」
怪しいことこの上ないが、決定的なものは出てこないな。話していることにも矛盾はないし。
それから、他愛もない話をいくらかした後で、シルバータ大将は男を解放した。かなり怪しいと思ったが、シロらしい。
男は最後まで無愛想なまま、私たちに一礼すると、去っていった。
「さあ追いますよ。気づかれないように注意してくださいね。」
「え? まだ追うんですか? 彼の容疑はもう晴れているでしょう?」
「そんなわけないでしょう。怪しすぎますよ。ほら、早く。」
いくら怪しいからって、疑い続けるのはどうかと思う。だけど、半ば確信を持ったようにシルバータ大将は歩いていく。
例の男は、大通りには出ずに、南の方へと移動し始めた。
「そもそも、西通りに店があるっていうのに東通りに来ていたというのが怪しいんですよ。何か理由があるはずです。」
「それは、何か他の用事があったとかでしょう?」
「それにしても不思議ですね。どんどん細い路地に入っていきますよ。何か用事があるような場所があるとは思えませんがね。」
男の通る道は、どんどん人気のない道に変わっていった。もう人の声さえも聞こえない。
この町の住民である私にも、男の行く先は見当もつかない。こんな路地裏、そもそも来たことがないかもしれない。
「おかしいですね。何をするにしてもこんな所は通らないと思うのですけれど。そうは思いませんか、ルアー中将?」
大将はなぜか度の入っていない片眼鏡をかけている。
「おかしいのは貴方の方でしょう。」
思わず言ってしまった。
「ええ? いいと思ったんですけどね。泥棒さんが相手なんだから、ピッタリでしょ。」
「まあかまいませんが。それよりも、あの人行っちゃいますよ?」
「あらいけませんね、すぐに行かないと。」
なんだかこの人、路地裏に来てからの方が元気じゃないか? ますます分からない人だな。
さて、いよいよ東通りよりも南通りの方が近くなってきた。ここら辺は、恥ずべきことではあるが、エルマンテの中でも少しばかし治安が悪い。少年婦女子の一人歩きはお勧めできない程度には荒れている。
「ねえ、さっきからあの人たちがこちらを見ていますけど、何か用事でもあるのでしょうか?」
「面倒ですね。いわゆるギャングですよ。彼らに絡まれてしまうとあの男を尾行していることがばれてしまいますよ。」
「それは困りましたね。」
どうか、何もせずにただ見ているだけにしてくれと祈ったが、それは儚くも通じなかった。
ギャングの一団は、ニヤニヤしながらこちらに近づいてくる。
「まずいですよ。」
ギャングに囲まれた。いや、正直こいつら自体は問題ないのだが、あの例の男から見られてしまう。後ろで騒ぎが起きていればさすがに振り向くだろう。
ギャングの一番偉そうなやつが私たちに話しかけてきた。
「おうおう、姉ちゃんたち。軍人サンかい?」
「ええ、そうですよ。いまちょっと大事なところなので道を開けていただけませんか?」
と言ってはみたものの、そもそも道を素直に開けるくらいなら最初から絡みになんて来ないはずなのである。
「そりゃツレないな。そこの嬢ちゃんと一緒に俺たちと遊ぼうぜ?」
これ以上騒ぎになってしまうと、あの男が振り向いてしまう。幸いあまり他人には興味がないみたいだから助かってはいるものの、これ以上うるさくなってはいけない。
でもこのギャングたちも一向にどいてくれる気配がない。すると、何を思ったのか、突然シルバータ大将はギャングに応えた。
「やん! わたし怖いわ。お兄さんたちとっても強そうなんだもの。」
「は?」
唐突に猫撫で声でしゃべり始めた! どうしたというんだ?
媚びまくったような話口調になったから、ギャングたちの声にも一層脂がのる。ますますうるさくなってしまった。
そして、ついに危惧していたことが起きた。「なんだ?」という顔で例の男がこちらを振り返ってきた!
「まずいですよ! こっちを見てますよ!」
と大将に耳打ちしても一向にやめる様子はない。
「姉ちゃんたち、こんなところまで来るってことはよほど暇なんだろ? 俺たちにかまってくれよ。」
その真逆だよバカ! 今まさに一番忙しいところだよ。
「ええー、そんなことないですよぉ。」
大将の迫真の演技は続く。
しばらくこちらの様子を見ていた男だったが、また元の方向に向き直り、歩き去ってしまった。それを見ていたシルバータ大将、
「さて、もうそろそろいいでしょう。この面倒くさいギャングさんたちの相手をするのも疲れてしまいました。」
と再び態度を豹変。
これにはギャングたちも困惑していた。
「おいおい、急にどうしたんだ姉ちゃん、さあ、どこかくつろげるところに行こうぜ。」
「行くわけないでしょう。」
「ドスン!」
「ふげぇ!」
「ドスン!」
「ドスン!」
「ドスン!」……
大将の刃がギャングたちに襲い掛かり、彼らを一掃してしまった。突然の暴挙に私も困惑してしまった。
「シルバータ大将! いくらギャングでも、エルマンテの市民なのですよ!」
「あら、ごめんなさい。けれど殺してはいないから安心してちょうだい。」
「……そうなのですか?」
「当たり前ですよ。そんな簡単に人殺しをするわけがないでしょう。」
「それは、失礼しました。」
ぶっ倒れて起き上がらないギャングたちを尻目に私たちはまた例の男を追った。
それにしてもさっきはどうして弱々しい少女の真似事なんてしてたのだろう?
「バレていないといいのですがね。ただのナンパに見えたと思いますから、大丈夫だとは思うのですが。幸いギャングさんたちはみんな背が高くて、向こうから私たちのことは見えていなかったと思いますから。」
なるほど、そういう意図が……もっと他にもやり方があったようにも感じるが、自分は何もできなかったので何も言う資格はないし、ちゃんとバレていないみたいなので結果オーライというところだろうか。
細い路地の道程は続くが、もう区域的には南通りのすぐそばである。男は細い道を進むと、一軒のぼろい建物の前で止まった。言っちゃ悪いがみすぼらしい外観、だが埃を被ったライトパネルがバーということだけを教えてくれた。
「あ、建物に入りましたね。」
「あれは……一応証言通りバーのようですね。とても流行っているようには見えませんが。」
「見た目だけで判断してはいけませんよ? 大通りにある店ばかりが繁盛するわけでもありませんし。でも困りましたね。こんな時間帯じゃどんな名店でもお客さんはいないでしょうし、その中に紛れ込んで中に入ることもできないですよ。」
「先に言っておきますけど、たてものごと壊すとかいうのはダメですからね?」
「分かってますよ! ひどいですね、私を何だと思ってるんですか!」
ぶつくさ言いながら、大将はそろーっとバーの中を覗き込んだ。
「あれ? 誰もいませんよ?」
「そんなわけないでしょう。入っていくところを見たんですから。」
彼女の横から中を覗いたが、本当にいない。人の気配が無くなっているのだ。
シルバータ大将は意を決したらしく、バーのドアノブに手をかけた。
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