第127話

 まだ階級が低かった時を思い出すような過酷な任務だ。こういう警備隊がやるようなことを今も分団の若手たちはやっているのだろうか? 


「どうかしましたか?」


「ああ、いえいえ、何でもありません。」


「なんども私のフライトに付き合わせてしまって、きついでしょうけど、頑張ってくださいね。」


いや、空を飛ぶ方はもう慣れてきた。身を任せていれば安全なうえ、気持ちよくすらある。問題はこのようなパトロールである。この瞬間ばかりは、エルマンテの広さを呪ってしまいそうだ。


 こんな仕事を前までは毎日していただなんて、信じられない。


 まあ、そんな私よりも大将がこんな仕事をしている方がおかしいとは思うのだが。


「あの、シルバータ大将はハル様の要請を受けてエルマンテまで来たんですよね?」


「そうですよ?」


「私たちが呼んでおいてなんですけど、こんなことをあなたにやらせていてもいいのかと思いまして……。」


今更ではあるが、そこはさすがに気を使ってしまう。この人は本来指揮を執る側の人間なのだ。それなのに、窃盗団の追跡などという、現場の仕事をしている。本人は全く気にしてはいないようだが、私の方は気にしてしまい始めた。


「どうしてです? 龍輝石は国家の宝なんですから、泥棒さんになんて渡すわけにはいかないでしょう?」


「いえ、私が言いたいのはそういうことではなく……あなたが大将だからですよ。本団の司令官にこのようなことをさせてもいいものかと……。」


 そう言うと、シルバータ大将の顔はスッと真剣になった。


「中将、私の階級が大将であるとか、司令官であるとか言うことは、この場においては全くの無意味なのです。今、龍輝石が盗賊さんたちに奪われようとしているという国家の危機に際して、この町の泥棒さんたちを捕まえられるのは私とあなただけ、その事実こそが大事なのですよ。」


「……間違いありません。」


「もしも私でなく、ブラックさんの方がここに来ていたとしても、きっと同じように動いていたと思いますよ。」


ブラック大将、人となりを知らないが、やはりやるときはやる人なのか。


 話し終えたらしく、シルバータ大将はもとのフワフワした表情に戻った。


 私たちは、西通りまで来ている。もともとあの男が店があると言っていたところである。今の私たちには、そのくらいしか手がかりがないのだ。


 しかし、大将は自信があるようだ。


「ルアー中将、人間が何かを言う上で最も強いのはどんなときだと思います?」


「何かを言うとき? ……さあ。質問の意図さえよく掴めません。」


「嘘をつかないときですよ。真実を話すときに、後ろめたさを感じることはないでしょう?」


「それはそうですけど、一体なんなんです?」


「彼もまた、嘘をついてはいなかったんですよ。だからこそあんなにも堂々としていた。彼には分かっていたんですよ。普段嘘をつき慣れているからこそでしょうかね。」


真実を口にするとき、その人間に後ろめたさはない。たしかにそれならば、嘘の兆候のカケラもないはず。すると例の賊は、真実をもって私たちを騙してみせたというのか。


 しかし、仮にそれが分かったとして、ここから例の賊がいるバーを探すのは大変だ。西通りにバーが一体何軒あるというのか。私だって数えたことはない。


「一軒一軒まわっていくつもりですか?」


「まさか。そんなことしている暇なんてないでしょう?」


「ではどうやって?」


西通りの通り沿いだけでも、数えきれないほどの数のバーの中から目当ての店を探すのも大変なのに、裏路地まで探すとなれば、いよいよ見つからない。こんなことになるのなら、ハル様に頼んでバー規制法でも作ってもらうんだったな。


 にしても、こんなに大量のバーを作っても、それぞれの店がやっていけてしまうのが、観光都市エルマンテの恐ろしいところだ。


「聞き込みをしましょう!」


「地味そのものじゃないですか! どれだけ時間がかかると思ってるんですか!」


「いえいえ、ただやみくもに聞いて回るというわけじゃないですよ。まあ、見ていてください。」


 大将は近くのバーを適当に選んで中に入った。扉を開けると、「チャリンリン」と鈴の音が鳴った。店主がそれに気づいて奥の方から出てきている。


「お客さん、困るね。まだ店を開ける時間じゃないんだ。ごめんけど、もうちょっと遅い時間になってから出直してもらえるかな。」


「ああいえ。お酒を飲みに来たんじゃないんですよ。ちょっと話を伺いたくて。」


話しながらに大将の軍服を見た店主の顔は青ざめていた。将官の階級章はたとえ一般人でも知っているほどのものである。


「あんた……将軍かい?」


「あら、私のことご存じで?」


「いや、初めて見るがね、でもその階級章は大将のもんだろ? ってことはあんた、スネル・シルバータさんかい?」


そう、大将はこの国に二人しかいない。しかもその二人が男女なものだから覚えやすい。なので巷で突然一般人を捕まえて、ブラック大将とシルバータ大将を知っているかと尋ねれば、子供か阿呆でもない限りは知っているのである。


 さて、この店主もシルバータ大将のことを知っていたのだが、店主は逆に警戒してしまう。


「その大将さまがこんな店に何の用だい?」


「いえいえ、ただ聞きたいことが二三ありまして。少しだけ時間をよろしいでしょうか?」


「……まだ開店まで時間があるからいいが、それまでにしてくれよ。」


 シルバータ大将が聞き始めたのは、この店とは関係のないことだった。


「最近近くに新しくバーができませんでしたか?」


「なんだい、うちの店のことじゃないのかい。」


そう、結局のところ、どの店でもよかったのだ。ただ近くだからここの店を選んだというだけで、聞きたいのはこれだ。


「まあ、聞かないこともないがな。でも大将さん。この町じゃ新しいバーが開くなんて別に珍しくもなんともないぜ。」


「それがですね、そうもいかないのですよ。なるべく急がなくてはならないので、教えていただいてもいいですか?」


   



 店主から教えてもらったバーは三軒だった。そこを順に回っていったのだが、どこもただの普通の新しいバーだった。あの男の影はどこにもない。


「外れでしたか。」


「そう簡単には当たりませんよ。」


「では次に行きましょう。」


さっきまでとは打って変わって焦っている? いや、隠してはいるけど若干いら立っているのか?


 


 適当なバーを選んで、そこに入って、新しくできたバーの話を聞いて、そこを回るという作業を延々と繰り返していく。実際、この町と言えども、「最近できたバー」に限って言えば、数はかなり限られてくるわけだし、理には適っている。


 ただ、あの男がした「バーの店主をやっている」という話が嘘でなかったらの話なのだが。シルバータ大将は、あの発言から嘘の香りはしなかったと言っている。


 最悪、あの賊による被害がなければ、それで私たちの責任は果たしたことになるのだが、どうせなら捕まえてしまいたい。


 しかし、それには、ある「タイムリミット」が迫っていた。バーたちの開店時間である。このまま日没までなにも成果が得られないままだと、バーが開いて、そこに観光客たちがごった返してしまう。そうなれば、もうまともな捜査はできないだろう。


 それもあってか、シルバータ大将はこれまでになく焦っていた。


「しんどいですね……。だんだん人も増えてきましたし。」


「そうですね。急がないと。」


しかし、もう大通りはあらかた見て回った。あとは一本奥に行った飲み屋通りが残っているが、あちらには大衆酒場がメインで並んでいる。


 仕方がないとそちらにも行ったが、私はあまり期待はしていなかった。そもそもヤツがバーなんて本気で言ってるとも思えなくなってきたし、何か行動を起こすまではパトロールに戻った方がいいのではないかと感じ始めた。


 しかしそんな諦めムードの中だった。


「ああ、新しいバーといえばな。開いてんだかどうだかわからん店なら一軒あるぞ。みんな不思議に思っちゃいるが、気味悪がって近寄らないのさ。」


そんな証言が酒場のオーナーの口から飛び出した。

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