第122話

 藍色の瞳の爛々とした光はテントいっぱいに広がった。眩さに思わず目を覆う。


「うわっ!」


「なにをするんだ?」


光はすぐに収まったが、それでもやはりキャルメールの瞳は輝いている。


 何をしようとしているのか、分からないのは僕だけのようだった。


「あなた、本当にそれやっちゃってもいいの?」


「いいわ、あなたを信じるから。」


「そう、じゃあ見せてちょうだい! 今エルマンテはどうなってるの?」








エルマンテ市街にてー


 私と共に街を巡回しているシルバータ大将の元に、けたたましくいななきをあげる馬に乗った伝令兵が慌ただしくやってきた。


 伝令兵はシルバータ大将の目の前で下馬した。


「何事ですか?」


「ジョシュア伯爵より伝言を預かっております。」


「ほう、ジョシュア伯から。」


「伝言は一言のみ。エルマンテ都市内にいる賊は一人、鳥の姿をしている魔族、とのことです。」


「へえ、それはまた良いことを聞きました。ご苦労様です。」


「ハッ!」


伝令は再び馬に乗って去っていった。


 シルバータさんは私の方を見ると、微笑んだ。


「パトロール、早く終わりそうですよ。」


敵の人数が知れた。それだけで状況がかなり変わってくる。守る側から攻める側に転じることができるのだ。


 シルバータ大将はすぐに立ち上がると、持ち場から離れはじめた。


「あの、どこへ?」


「決まってるでしょう? さっさとその鳥さんを見つけ出して捕まえるんですよ。そしたら私たちも向こう側に加勢できるでしょ?」


それはそうだが、どうやったら見つけ出せるというのだろうか? 


 いずれ現れるのだから、待っていてもいいような気がするのだが、シルバータ大将は自分の持ち場を歩き回るだけのこの状況に飽きてしまったらしい。


「さて、盗賊さんがいる場所は……一番は空でしょうけどね、鳥さんですから。けれどそんなにバカではないでしょうから。ねえルアー中将、どこにいると思いますか?」


彼女はどこか楽しそう。声が少し弾んでいる。


 もう大将は止まることはないだろうから、おとなしくついて行くが、本当に彼女が大将なのか疑ってしまう。いや、もちろん彼女の実力を疑ってるわけではない。実際先日だって大将に救ってもらったわけだし。


 ただ、こうしてスネル・シルバータという人を見ていると、とても軍人には見えないのである。この人、いついかなる時もシリアスさがないというか、とにかくフワフワしている。


「さあ、私には見当もつきません。」


「あらいけませんよ。もうちょっと考えてください? 私たちのこの退屈なパトロールが早く終わるかどうかが懸かってるんですよ?」


そんなにこのパトロールが嫌なのか? 


 大将の足取りは軽い。目線は高く、どちらかといえば上の方を探しているようだ。


「たぶん高いところにいると思うのですけどね。」


「それは安直でしょう。ただの鳥ではなく魔族なのですから、地上に降りている可能性も十分にあるでしょう?」


今のところ町の中でこれといった事件は起きていない。このまま何も起こらないのが一番なのにな。大将は俄然やる気を出して一人の盗賊を探している。


 この人と会うのは三回目、まともに話したのはこれが初めてだ。まさかこんな人だとは。もうちょっとビリビリした人だと思っていただけに、なんだか拍子抜けだった。


「ええと……高い場所以外に考えられるのは……あれ? そういえば捕らえた泥棒さん二人ってどこにいますっけ?」


「エルマンテ収監所ですね。それがなにか?」


「もしかしたら、泥棒さんの目的はけん制以上に、お仲間の奪還かもしれません。」


「ということは、そこに賊が向かってるかもしれないということですか?」


「ええ、私の勘ですけどね。」


 エルマンテ収監所は、ここからかなり離れている。北通りの、観光客たちの目にはつかないような場所にひっそりと建てられており、その中に様々な罪を犯した罪人たちが収監されている。


 そこに行くには時間がかなりかかってしまうが、シルバータ大将は行くつもりである。


「ちょっと、本当に行くつもりですか? まだ確信も得られていないのに。」


「そんなに遠くもないですから、大丈夫ですよ。」


いや、遠いでしょうよ。群衆がいる中を通っていかなければならないから、普通以上に時間がかかるだろうし、持ち場を離れすぎてしまっては何か起こったときに対処できなくなってしまうではないか。


 しかし、大将は聞く耳を持ってくれない。


「頼みましたよ、少しの間ですから。でも何かあったら収監所まで知らせてください。」


「ハッ!」


近くにいた兵卒にそう命じると、シルバータ大将は私に手招きをした。


 彼女の意図、というか何を考えているのか自体が分からなかったが、釈然としないながらも彼女の近くまで行くと。


「ちょっと飛ばしますから、ちゃんと掴まっててくださいね?」


「へ?」


彼女は突然私の腰に手を回した。後ろから抱きしめるような形になると、どこからともなく大将の武器である刃たちが近づいてきた。


 私からはよく見えないが、その刃たちは大将の背中に集まっていた。


「さあ、いざテイクオフです。案内は任せましたよ?」


「ドン!」


「うへぇええ!!」


大将は真上に飛び上がると、そのまま空高くに上がっていく。


 とんでもない風圧を顔に感じる。この人、空を飛んでいくつもりだ。


「さあて、収監所の場所は、どこでしたっけ?」


「き、北通りです。」


「ああ、あっちですね。」


「ギュイーーーン!」


「うわぁぁ!」


方向転換もすごい勢いだから、頭皮が持っていかれるんじゃないかとさえ思ってしまう。こんなことをいつもしてるのか?


 そんな猛スピードで進んでいくから、あっという間に北通りに着いた。


「北通り、着きましたよ? それで、収監所っていうのはどれですか?」


「……通りから左に一本入ったところにある、あの白い建物です。あるでしょ? あの四角い建物。」


「あら、どうしてあなたの方が息が切れているんですか?」


「そ、そりゃあこんなの初めてですから。」


逆に初めてで息が切れない人がいるのかを聞きたい。


 白い建物を探し始めたので、スピードが緩まったが、今度はそのせいでやたらと下が見えてしまう。かなりの高さだ。体が縮みあがってしまいそう。


「あ! あれですよね?」


「そうです、あれですよ。」


ああ、ようやく見つけてくれた。これでようやく下に降りられる。


 シルバータ大将は下に見える収監所に向かって高度を落とし始めた。クルクルと旋回しながらゆったり降りたのは、建物の屋上。


「どうして屋上から?」


「あら? まずかったですか?」


「いえ、ただ気になっただけです。」


「ああ、あまり大した理由はないのですけど、重大犯罪人の方は上の階に置くのが通例じゃないですか?」


「なるほど、お察しの通り最上階にいますよ。」


「ではこの直下ですね。」


二人で一つ下の階に降りた。屋上の方も、警備が熱心に見張りをしていたが、シルバータ大将の姿を確認すると、下に降りる階段の入り口を開けてくれた。


 この収監所に来るのはそう珍しいことではないのだが、最上階は久しぶりだ。私のような一将官はよほどのことがなければ足を踏み入れない場所だ。前に来たのはシュユ候が視察に訪れたときだっただろう。


 罪人たちは生気がないのが普通のような気がするが、ここのフロアの囚人たちはまだまだ目をぎらつかせている。再起の時を今か今かと待っているらしい。野に放てばすぐにでも重大犯罪を企てることだろう。もちろんそれを許すつもりなどは到底ないが。


 このフロアにいる重大犯罪人たちは、見えないようになっている扉の奥。音で私たちのことに気づいているだろうが何も言わなかった。私たちも何も話さないまま奥の方へと歩いていく。


「ここですかね?」


奥の方に、一際新しい錠があった。


「そうですね。他にそれらしき房もないですし、ここで間違いないでしょうね。」


近くの看守に聞いてみると、やはりそうらしい。


「あれ? ちょっと静かすぎやしませんか?」


「静かなのも無理はないでしょう。他でもない将軍が瀕死になるまで追い込んだのですから。」


「いや、おかしいです。鼓動が聞こえません。」


「鼓動?」


大将は少し焦りつつ看守から鍵を受け取って扉を開けた。


「……やられました。ちょっと敵さんを舐めすぎていましたね。」


二人の賊が収監されているはずの牢獄はもぬけの殻になっていた……。

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