第121話

 賊は囚われているというのに、強気だった。


「はて、団員のうちの一人ってのは?」


「言っても分からないでしょ?」


しかし、僕たちにはそれに心当たりがあった。さっきいなかったし、おそらくはあいつだろう。


「それって、鳥の見た目?」


賊はハッとして僕の方を見た。


「あなた、知っているの?」


「ああ……そうだけど。」


全員が僕たちの方を見ている。


 その団員っていうのは、林の中で出くわしたあの鳥のことだろう。やはり窃盗団の団員だったのだ。


「でもまあ、知っていても知らなくても、大したことじゃないわ。」


「大した余裕だな、ジョシュア伯。噂に違わぬ豪胆さ。」


「褒められた気はあまりしないわね。でも余裕ぶってるわけじゃないわよ。」


「そうですね、大丈夫です。私たちは私たちで、こちらに集中しましょう。」


二人とも、まるで気にしていない様子、賊も張り合いがなくなってしまったよう。


 天井を向いて、ダラリと椅子の背にもたれてしまった。


「それよりもあなたのことを教えてほしいわ。」


「まあ、それなら教えてもいいわ。どうせもう捕まってるんだもの。」


「じゃあ聞くわね。まず、名前を教えてちょうだい。」


賊は反動をつけて体を再び起こした。


「キャルメールよ。よろしくね、皆さん方。」


「へえ、それとあなた、人間じゃないでしょう?」


アイラがそう言うのは、キャルメールの見た目からだった。少し尖った耳に、目の色が左右で違う、オッドアイだった。右目は赤い瞳なのに、左目は藍色だった。


「ご明察、って言ったって、そりゃ分かるか。私は……その……。」


何かを言いかけて、キャルメールは言葉に詰まった。


 理由はすぐにアイラが勘づいた。


「……大丈夫よ。シャラパナはあなたがどんな種族であろうとも、差別はしない。他の種族と同じ待遇になるから、安心してちょうだい。」


少し、一人で考えていたキャルメールだったが、ゆっくりと、震える声で話しはじめた。


「わ、ワタシは、その……『リビライ』……。」


彼女がそう言った瞬間、その場にいる全員が凍りついた。


 みんな言葉を失っているが、僕だけはそれがなんなのか分かっていない。


「……その、『リビライ』って?」


「!!」


ライアンくんが突然僕の口を押さえた。


「何を言ってるんですか! ちょっと、黙っててください!」


そうとうな慌てぶりだ。というか、ライアンくんにこんな口きかれたの初めてだな。


 みんな深刻な顔をしている。


「それは、苦労したことでしょう。」


「あなたたちに同情される筋合いもないけど、まあそうね。生きてくるのも大変だったくらい。」


「そうでしょう。あなた、生まれってもしかして?」


「トーンランドよ。」


「……やっぱり。」


もう、何も言えないらしく、シュユ侯爵はテントを出ようとした。


「ハル、どこに行くの?」


「洞窟の中よ。龍輝石を確保しておきたいから。」


「そうね、兵士のみんなを信じていないわけじゃないけど、一応はね。」


「それをお勧めする、ワタシの同志はみんな強いから。」


シュユ侯爵はエルマンテ分団の将校数人を連れてテントから出て行った。


 ついでだろうか、ライアンくんは僕をテントの外へと引っ張っていく。


 テントの外には、ゴリラが行儀良く座って待機していた。


「どうしたんだい、そんなに血相を変えて。」


「タイセイさんこそ! 時々全くものを知らない時がありますよね。」


「さっきのキャルメールって子のこと?」


「そうですよ! いいですか? 『リビライ』っていうのは、かなりデリケートな問題なんですよ!」


「へ、へえ。」


「ああ、もう。分かってないでしょ? 話せば長いのでまた今度教えてあげますから、今はもう何も触れないでくださいよ?」


「わ、わかったから、とりあえず手を離してくれ、痛いから。」


正直ほとんど飲み込めてはいないけど、とんでもない地雷を踏み抜きそうになったことだけは理解した。


 テントに戻ると、キャルメールとアイラと、それから兵士くん。


「コ、コホン。それじゃあ、質問の続きね。あなたたちは、どうして龍輝石なんて狙ってるの?」


「……言ったはずだよ、仲間たちのことについては何も言えないって。」


「あ、ああ。そうだったわね。それじゃあ何を聞こうかしら。」


凍りついた空気をどうにかしようとしているのが見え見えだ。さっきから目は泳いでいるし、アイラにとってもかなり重たい話だったらしい。


 取り付く島もないので、アイラは水に口をつける。キャルメールも何も話さないので、僕たちも何も言えない。これならそのまま外にいた方が良かったかな。


 いっそのこと僕たちも洞窟に行ってしまおうかなんて考えていると、キャルメールの方から話を始めた。


「ねえ、町の方は大丈夫なんて自信満々に言ってたけど、その根拠は何なの? 教えてもらいたいわ。」


「あら、あなたの方から逆質問だなんて、予想してなかったわ。うーんと……話しても問題ないかしらね?」


だが他に話せる話題もなかった。


「いいわ、そもそもあなたは捕まってるんだし。それにどうせ知ってるんでしょ? エルマンテにシルバータ大将がいることくらい。」


「ああ、知っているとも。先日そいつにうちの団員二人がやられたことも。」


「それがいるって知ってるのに、よくたった一人で町の方に行ったわよね、あなたのお仲間。私からしてみれば、どうしてあなたたちにそんな自信があるのか不思議だわ。」


さっき言ってた鳥の盗賊は、彼女の言葉通りに町に襲来するとすれば、間違いなくシルバータさんと交戦することになる。メンバー二人で全く歯が立たなかった相手に、どうして今度は単独で挑もうと思ったのか?


 だが、キャルメールの、もといプライムナンバーの自信は揺らがないようだ。


「心配いらないわ。だって、町に行ったワタシたちの仲間は、団の中でも二番目の手練れよ。どれだけ大将さんが強かろうとも、その人を町に釘付けにするくらいのことはできるわ。」


「なるほど、あの人をこっちに来させないことが目的ね。」


「そうよ、それだけでワタシたちにとっては有利になるもの。」


なるほどな、そもそも勝つことが目的でないのなら、最小限の人員で対処した方がいいっていうのは理に適っている。


 だが、その「一人」というのを明かしたのが悪手だった。


「残念ね。あなた、そのお仲間の足を引っ張っちゃったようよ。」


「何を言ってる?」


「敵が一人だけというのことをもうとっくにそこらへんにいた軍人さんがエルマンテ都市内のシルバータ大将に連絡しに行っているでしょうね。そしたらどうなるのか、分かるでしょう?」


「あ……。」


敵が一人であることが分かっていさえすれば、シルバータさんはその敵を倒してこちら側に来ることができてしまうのだ。そうなれば、もともとの窃盗団のプランは台無しになってしまう。


 アイラは意地悪く笑っていた。


「ちょっと考えが足りなかったわね。」


「し。しかし! うちの団員が負けなければいいだけの話だ。」


「団員だの仲間だの……名前は一向に言わないのね、あなた。」


「言えないわ。彼自身は何も気はしていないでしょうけど、ワタシの口からは言えないわ。」


随分と律儀なことだ。やはりプライムナンバーやその中の仲間のことなんかは何も話すつもりがないらしい。


 アイラは話を戻した。


「それで、あなた本気でそのお仲間が大将に負けないと思ってるようね。」


「当たり前だ! ワタシは仲間を信じている。」


「じゃあ、見ものね。いまごろエルマンテがどうなっているのか。きっと早馬だから、もうそろそろエルマンテにさっき言った伝令の軍人さんが到着しているんじゃないかしらね。その人からシルバータ将軍に情報が伝われば、彼女は積極的にあなたのお仲間を捕らえに行くわよ。」


そこまで言われると、キャルメールも我慢ならなかったよう。


 「いいよ、じゃあ見てあげる。今エルマンテの街の中がどうなってるのか。」


すると突如としてキャルメールは右目を隠した。


「あなた、それは……!」


魔法陣がキャルメールを囲うように展開して、彼女の藍色の瞳が強く輝き始めた!

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