十七章 二重追跡戦
第120話
ゴリラはとてつもない大きさに膨れ上がった鉄の拳を振り上げると、それを思いっきり岩にぶつけた。
「ズガーーーーン!!!!」
轟音が響き、体の中まで震わされる感覚に襲われた。
「ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ!!」
とんでもないパワーだ。岩が一撃で粉砕してしまった。それを周りにいた人たちはポケッとしながら眺めていた。岩が崩れ去る音だけが響き渡って、その上を風がさらっていった。
その中で、アイラが声を張り上げた。
「ボサッとしない! 今からが勝負なのよ! 警戒を厳にしなさい!」
彼女の一言が気合を入れ直したのか、兵士たち一同は一気に張りつめて、ピリッとした。
僕たちはすぐにその場から離れた。もうすでに洞窟の入り口は開いている。もう大岩は粉々になってしまっているから、人が入っていける。今からおそらくは、賊がやってくる。本当にやってくるのか、正直なところ僕は信じて切れていないのだけど、アイラやシュユ候によると、間違いなく襲来するらしい。
とすると、今からここは戦場になってもおかしくない。そんなことになってしまえば、僕は秒で死ねる自信がある。
「ライアンくん、僕たちは早いところ後ろに下がろう。」
「そうですね、でもクロードくんは……?」
クロードくんはまだゴリラと一緒に洞窟の入り口にいる。彼らは戦闘力的に問題はないと思うが、なんで退避しないのだろうか?
なぜか洞窟の入り口に居座ったまま、動かない。
と、彼らを見ながら僕たちが外まで退避するのと入れ違いで、兵士たちの輪の中から何人かの影が現れた。
「おい! 止まれ! 誰だお前ら!」
兵士たちが叫んだ。
しかし、その数人の影は止まることなく洞窟の入り口に迫っていく。しかし、そこにはまだ兵士くんとゴリラがいる。
「危ない! そいつら賊だ! 早く避けろ!」
ようやく、はっきりと捉えることができた人影の姿は、どれもはっきりと賊だとわかるような見た目だった。
「あーあ、意外とすんなり開いたな、洞窟。」
「あのゴリラ? みたいなやつが出てきてこじ開けちゃうのは少し計算外だったけどね。それでもまあ、退屈だったんだしこれでいいんじゃない?」
賊は全部で三人だった。どいつも素早く動き回っている。あきらかに素人の動きではない。
「その人たちを止めるのです!」
シュユ侯爵の叫びとともに、取り囲んでいる兵士たちは洞窟へと詰め寄りはじめた。
しかし、全然追いつかない。賊はものすごい速さで洞窟の入り口に迫っていく。
「おいおい! あいつらまだあそこにいるぞ!」
「ええ! どういうつもりなんですか?」
兵士くんはゴリラと一緒にまだその場に留まっていた。
賊も賊で兵士くんとゴリラの存在にはかなり戸惑っているようだった。彼らの声がかすかに聞こえてくる。
「あれは誰?」
「分からない。どこかの役人か何かだろう。ゴリラは要注意だが、今はかまってる暇がない。そのまま突破するぞ。」
僕たちは、軍人たちが作る輪の外まで出てこれた。中にいる兵士くんは小さかったが見えていた。
「兵士くん……なんのつもりなんだ。彼なら逃げることくらい楽勝だろうに。」
だけど、彼はゴリラとともに、入り口から一歩たりとも動いていない。
賊は、兵士たちよりも早く入口にたどり着いた。つまり、兵士くんたちと対峙してしまったのである。僕たちは兵士君のことが心配になってきて、軍隊の後ろから再び入口に近づいた。
入り口では、賊と兵士くんが向かい合っている。
「そこをどいてもらおう。」
「ちょっと待ってくれよ。ここに来てから迷惑かけっぱなしなんだよ、僕。」
「なんの話だよ。」
「こっちの話だ。気にしないでくれ。ともかく、僕は君たちの中の一人くらいは倒しておかないと、申し訳が立たないんでね。」
いやいや、今更兵士くんにそんなこと求めていないから、早く戻ってきてくれよ。
しかし、兵士くんはなにやら自信があるらしい。
「そうか、つまり君は我々のジャマをしようというのだな?」
「まあ、そういうことさ。」
一触即発の状況になってしまった。軍はすぐ後ろにまで来ていたが、手を出せずにいる。
賊は三人いる。その中の一人が兵士くんの前に出た。
「ワタシがこいつの相手をしとくから、あなたたちは先に行って。」
「了解した。任せたぞ。」
他の二人は、兵士くんが立っている両脇から抜けようとした。
「いやいや、そんな簡単に抜かれるわけにもいかないでしょ。」
しかし、相手は三人。
「あなたの相手はワタシよ。こっちを見なさい。」
賊の一人が兵士くんにまとわりつこうとして近づいてくる。さすがに兵士くんもこれを無視するわけにはいかない。
兵士くんは迫ってくる一人の賊に対して狙いを定めたようだった。しかし、剣は抜いていない。腰に帯剣しているはずなのに、どうしたというのだろうか?
「まあいいさ。とりあえず、お前には退場してもらおう。」
「大口をたたいて、後悔しても知らないわよ。」
短剣を抜いて猛然と襲い掛かる賊に対して、兵士くんは拳を突きだしてみせた。しかし、全然遠い。当たるわけがない。
「なに? とち狂ったの? まあいいわ。ちょっと不憫だけど、殺しはしない。ちょっと痛くするだけよ。」
「それはありがたい。だが、申し訳ない。こっちは命の保証はできないな。」
ニヤッと笑った兵士くんの後ろには、大きな影があった。まだ収まらない砂埃の中を、ユラユラと揺れている。
「ッホッホッホッホッホ!!」
「へ?」
「ズパアアアアアアン!!」
鼓膜がおかしくなりそうなほどに鋭い音を立てて、賊は後ろの方、軍が囲っている輪よりももっと外まで飛ばされていった。
ゴリラのメガトンパンチが炸裂したのである。見事な右ストレートだった。兵士くんが拳を突きだしたのは当てるためなどではない。合図のためのジェスチャーに過ぎなかった。
岩を砕くようなパンチが真正面から当たったのである。もちろん一発KOだろう。
「あと二人はもう中に入られちゃいましたけど、このくらいの働きで勘弁してほしいですね。」
一人倒した兵士くんはようやくこちらに戻ってきた。ゴリラを連れて、意気揚々としている。いや、今倒したのって、お前じゃなくてゴリラだからな? と突っ込みたくなる気持ちもあるが、とりあえず無事でよかった。
軍はそれを皮切りに、一気に洞窟へと突入し始めた。先に侵入した賊たちを追いかけたのである。
「僕たちはもうお役御免ですかね。」
「岩壊せたんだから、仕事は完了だよ。」
車に戻ると、さっきの賊が転がっていた。
賊は完全に気を失っていた。
「よく気を失うだけで済みましたね、完全に入ってたのに。」
「タフなんだろうね。僕たちだったら死んでたよ。」
その転がっている賊のところに、アイラたちが駆け付けた。
「レインくん、お手柄よ。さあ、起きないうちに縛り上げてしまいましょう。」
そのあとにシュユ候もやってきて、賊は本部テントに連行された。
ついでに僕たちもついて行った。テントに入ったところで賊は意識を取り戻した。
「うっ……くそ! なんなんだ一体。」
「はいはい、じたばたしても無駄よ? もうあなたは詰んでるから。」
テントのなかで、グルグル巻きに縛られたままで座らされた賊はまだちょっとクラクラしているようだった。逆にその程度で済んでいるのが不思議なのだが。
そんな賊に対して、アイラはお構いなしに尋問を始めた。ことを急いでいるのだろう。手当も何もなしである。
「あなたたちって何人いるのかしら?」
「……いきなり踏み込んだことを聞くのだな。」
「そりゃあ、あなたたちが誰かなんてことはさんざん知ってるからね。」
「そうだね……でも教えるわけにはいかないな。拷問にかけられても言わないさ。」
「大丈夫よ、そんなことしてる暇ないから。へえ、じゃあ、何なら話してくれるかしらね。」
「さあな。ワタシたちのことは何を聞かれても話すことはできないな。」
アイラは眉間にしわを寄せた。表情を変えずにその様子を見ているシュユ候とは正反対だ。
しかし、今度は賊のほうから口を開いた。
「ああ、でも一つ教えておいてやろう。ウチの団員の一人が町の方に行っている。団の中でも屈指の実力者だからな、警備隊程度じゃ心許ないぞ。さあ、いいのかな? エルマンテ市民が人質に取られているような状況になるんだよ?」
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