第3話

 サラマンダーというと、元いた世界では山椒魚という名で知られた両生類はずだったはず。それがこんなウロコまみれの仰々しい化け物トカゲだとは。


「その子、水と陸両方ないと生きていけないらしいから環境整えてあげてね。」


もう僕が飼うことになっている。


 しかし、スペースに問題がある。このサラマンダーは体長三十センチ。これを飼うとなればそれ以上の大きさの水槽が必要となる。今ハプルを飼っている水槽がちょうどいいサイズなのだが……


「あのフィリムさん。このサラマンダーってハプルを食べたりします?」


「いや、そんなことはないと思うわ。この子草食だって聞いてるもの。」


……それならどうにかなりそうだ。せっかく貰えると言うことなので、文句なく貰って飼うことにした。


 サラマンダーは厳つい見た目に反して、非常におとなしかった。特段暴れる様子も見せず、水槽に入るように促すとすんなりヌルッと中へ入っていった。ハプルたちは驚いたようだが、すぐに気にしなくなってしまった。






 次の日も、その次の日も、店は盛況だった。相変わらずツノハプルは凄い勢いで売り切れてしまうのだけど、それを差し引いてもよく売れた。普通のハプルたちでさえ半分以上は売れてしまうという具合である。


 売り上げは日当たり十万イデほどで、自分でも混乱してしまうような状況だ。そりゃ売れれば売れるほどいいに違いないのだが、正直ここまでは期待していなかった。


 テナント料は五十日の最後に支払う約束ではあったが、あるうちに払っておきたいので、四十万イデ揃えて既に払ってしまった。そこからさらに生活費や家賃を差し引いても数十万イデが手元に残る計算だから、その使い道を心躍らせながら悩んでいるところだ。


 まずは、水草だけでは不十分ということで、ポンプ等のきちんとした設備を購入した。


 中世風の町なのに技術や文明自体は高水準なのだから不思議だ。このポンプにしたってなんと泡が出ないと言うのだから、元の世界よりむしろハイレベルだ。


 自分のための家具も新調した。部屋は小さいままだが、そこそこの家具を並べると、それなりに見えるものだ。部屋の中はたちまち小綺麗になり、それにつれて心もどことなく爽やかになった。


 最も雰囲気を変えてくれたのは照明だった。今まではボロいランプの微かな光に頼っていたのだが、掠れる光はかえって暗闇を強調してしまい、暗鬱だった。


 それが今度は上等なものに取り替えたから、部屋の隅々まで何もかもを明るくした。この世界にも電灯に代わるものがあるようで、今度買ったランプにもそれが使われていた。


 どのような仕組みかは専門家じゃないので到底分からないが、少なくとも電灯とは違うようである。



 三十日の間はそんな調子の生活がずっと続いた。特段の問題も起こらず、至って順風満帆だった。


 異変に気づいたのはいつもと変わらずハプルとサラマンダーの世話をしていた朝のことだった。見知らぬ魚が泳いでいたのである。


 ハプルよりも二回りも大きな魚だった。最も異質だったのは、全身が刺々しいウロコに覆われていたことである。


 流石にちょっと不気味だったが、この魚もハプルと同じエサを食べて、ハプルたちと喧嘩する様子もなかったので、ひとまずは様子を見ることにした。


 その日の昼、僕の最初の客になってくれた例の紳士に会った。あの日以来彼はちょくちょく店に来てくれているのである。名前はポワムというらしい。


「やあタイセイくん。今日も調子いいみたいだね。」


「いやほんと、おかげさまで。」


紳士は自前のツノハプルを繁殖させたようで、もうツノハプルを買うことはなかったが、それでも店に顔を出しに来てくれるのである。


 ポワムさんなら何か分かるかもしれないと考えた僕は思い切って彼に相談してみることにした。


「あのポワムさん、ちょっと相談したいことがあるんですけど……」


彼は思いがけない申し出に少し驚いたようだった。


「相談って何だね?」


「ちょっと見てもらいたいものがあるんですよ。」


 僕は一旦店を閉まってから、ポワムを自宅に連れて行った。我ながらなかなかに怪しい申し出だったが、ポワムは快くついてきてくれた。


「君はここに住んでおるのかね。今にもっと広い家に住めるだろうがね。」


「いえいえ、このくらいの広さの方が落ち着くんですよ、僕は。それよりこれ、見て欲しいんですよ。」


 僕は彼に件の謎の魚を見せてみた。


「こんな魚買った覚えがないんですよ。今朝気づいたんですけどね。いつの間にか居たんですよ。今のところ害がないので様子を見ているのですが、なんせ不気味でしょう?」


「そりゃ不思議な話だね……」


とポワムさんは目を見開いていろんな角度から水槽の中をジロジロと見回した。


「ありゃこの水槽、サラマンダーも一緒に飼ってるのかね。」


サラマンダーは小岩の隙間から顔だけ出していた。


 「ああ、特に問題ないだろうということで一緒にしてます。」


それを聞いたポワムさんは「なるほどね...…」と言うと、しばらくの間考え込んでしまった。


 間が空いて、ポワムさんはおもむろに話し始めた。


「これは仮定、飽くまで仮定の話なのだが……」


彼の話し方は、確信できていないためかゆっくりしていた。


「サラマンダーがハプルと交わったのではなかろうか。」


自信がないのも頷けるほど突拍子もない話だった。


 サラマンダーとハプルが交配してこの魚が生まれたというのか。またまた信じられない話だ。


「でもポワムさん。サラマンダーとハプルとでは、大きさが違いすぎるじゃありませんか。交配することなんて不可能じゃないんですか?」


「私もそう思ったんだけどね。この水槽にいるサラマンダーって雄だろう?そしたら可能になってくるわけだ。」


「それはどういう……」


 「まずはメスのハプルが卵を産むわけだ。魚だから卵を水草にでも産めつけたのだろう。そこでサラマンダーだ。ハプルの卵を見た奴は同胞の卵と勘違いしたのだろう。結局卵はサラマンダーによって受精したというわけだ。」


なるほど、それなら或いは。とういうことはこの謎の魚はハプルとサラマンダーのハーフということか。


 ほんとにこの世界に来てから驚きっぱなしだ。まさか全く違う種族どうしで交配ができるとは。元の世界にもハーフならもちろんいた。


 まあ人間のハーフなんかは、人種が違うだけで同じ人間なんだから、ちょっとカッコよくなってバイリンガルになってみたりするだけだった。


 動物にしたってライオンと虎のハーフのライガーなんていたけれど、あれはちょっとキャラ被りしてるというか、似たやつ同士で組み合わせている感じだ。


 このように、小魚とサラマンダーのハーフが誕生してしまうとは全く予想できなかったことである。


 ポワムさんは続けた。


「しかもハプルは一度に何個も卵を産む。それが全て受精しているというなら、あと数匹生まれると思うよ。」


 数日後、ポワムさんが言っていたとおりにハーフの魚が増えていた。合計で七匹。これ以上普通のハプルと交わってもいけないので、水槽を分けることにした。


 それにしても奇怪な魚だ。大きさはハプルの三倍ほど、形は刺々しく、ハプルの面影をほとんど残していなかった。ただ他の魚を食べるというわけでもなく、相変わらずハプルと同じプランクトン質の餌を食べる。


 新種なのでよく分からないことだらけだが、今のところは上手くいっているようである。ポワムさんも気になったのだろうか、以来僕の家を時折訪ねてくるようになった。


 始めてハーフの魚を確認してから10日ほど経ったあたりでその二世代目が誕生した。混血なだけに、繁殖スパンは普通のハプルよりもやや長くなってしまうらしい。


 しかし、生まれた子供たちも全て同じ見た目だった。つまり、このハーフの血統が固定化されてしまったのである。こうなってしまえば、単なる混血などではなく、全く新しい種族ということになってしまう。


 しかし、固定化できたのは幸いであった。これも商品として店で出すことができるからだ。あまり美しい見た目ではないが、なんせ新種というだけで需要はあるだろう。


 我ながら随分とがめつくなってしまったのを感じている。が、これを一人で抱え込んでいたところで仕方ないと言うのもまた事実。数が安定してから売り出すことにした。


 四世代目が誕生したところで、そろそろ一定数を売りに出しても構わないと言うところまで数が増えた。しかしここで一つ問題点。これをハプルだといって売るわけにはいかないのである。


 ツノハプルはツノが生えているだけだったので問題なかった。ところがこいつはどうだ?まるっきり見た目が変わってしまっているからかなり無理がある。つまるところ、名前をつけてやらねばならないのだ。


 こういうのを勝手にやっていいものなのかは分からないが、そもそも僕が作り出した種なのだから権利はあるだろう。僕の拙いネーミングセンスを頼りに色々と考えてみた。


 一晩考えてみたはいいものの、結局オリジナリティのない僕は、ハプルを少しもじっただけのハプリードという名前をつけた。



 翌日から売り出したハプリードは予想通りの反響をよんだ。それこそ、ツノハプルのとき以上に。物珍しさに行き交う人々は足を止めて、その中の富豪などは一匹買っていった。


 僕も僕でかなり調子に乗っていたので、一匹一万二千イデと、ふっかけたが、金持ちの人間たちは何でもないというふうに買っていった。



 





 僕の店はますます繁盛したわけだが、それと同時に不安が少しずつ湧いて膨らみ始めていた。数日前までは調子に乗って、どこまでも儲けてやるつもりでいたが、この状況が恐ろしくなってきたのだ。


 夜になるとますます不安は大きく感じた。正体は掴めないが、何か商売だけでは済まないことになる気がした。


 何かもっと大事になってしまうような気が……僕の心配をよそに魚たちは変わらずゆらゆらと泳ぎまわっていたのだが。


 それから何回か夜が明けた朝、僕の家のポストを覗くと、まるで不安に応えるかのように手紙が一通入っていた。差出人の欄には『アイラ・ジョシュア』と書かれていた。


 ジョシュア……どこかで目にした名前だが……そうだ!思い出した。役所で住民票を作るときに目にしたのを覚えている。ホルンメランの首長の名前だ。

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