一章 ホルンメランの駿馬

第4話

 しかし、首長が自分に何の用があるのだろうか。不安が的中したような気分になり不安に駆られた。上品な紙で作られた封を切ると、中からこれまた品の良い手紙が出てきた。


 達筆で書かれてあった手紙の内容は次の通りである。


 ハセガワ・タイセイ殿


 突然このような手紙を送ることを許していただきたい。私はホルンメランの首長をしている、アイラ・ジョシュアという者です。


 早速ですが用件は二つあります。一つは貴殿が作出されたというハプルの新種と、小魚一種について話を伺いたいのです。このホルンメラン、二百七十年の歴史があるが、このように生物の新種が生まれることは今まで一度たりともなかったのです。


 こう言えば今回貴殿がしたことがいかに重大かが分かっていただけると思う。本来は私から伺ってしかるべきところを、大変心苦しいのですが私も公務で忙しい身。ぜひとも役所で話をお聞かせください。


 二つ目は機密事項ですので、ここで書くわけにはいきません。新種の生物をお作りになられたハセガワさんを見込んでのお願いがあるのです。大変申し訳なく、無礼であることは百も承知ですが、これ以上は書くことができません。


 重ね重ねお願いのほど申し上げます。第236日にホルンメラン役所の首長室にお越しください。


     ホルンメラン首長 アイラ・ジョシュア





 壁に掛けてあるカレンダーを見上げた。この世界の暦は元いた世界と随分違っているようで、何よりまず月というのがない。


 一年を487日で区切っているようで、それを日数だけで区別している。ちなみに休日は4の倍数の日らしい。今日が第233日だから、約束の日は三日後である。


 約束の期日までは特に何も起きなかった。相変わらず店は繁盛しているし、魚たちも元気に泳いでいる。僕だけが落ち着かない様子だった。








 約束の日の朝を迎えてしまった。学生の頃に味わった、職員室に呼び出された時の心境である。


 フィリムの話によれば、なかなかの名君らしいので心配はいらないらしい。少なくとも咎められたり悪いようにされたりはしないだろうという。


 前に一回通った役所への大通りが、今日はやけに長く感じられた。それになぜだか、道行く人々が僕の顔を見ている気がする。おそらくは気のせい、自意識過剰というやつだろうが。


 役所につくと、相変わらず大勢の人がいた。人混みの間を縫いつつ正面受付にいき、受付嬢に確認をとった。


「あの、今日首長に呼ばれた長谷川ですけれども。」


聞いた受付嬢は大いに驚くと「少々お待ちください」とだけ言って、内線とおぼしき電話をとった。


 電話の向こうもアタフタしていたようだったが、すぐに話は終わった。しばらくしてから降りてきた係の人に案内されて僕はエレベーターに乗ると、係の人は十五階のボタンを押した。


 エレベーターの片側はガラス張りになっており、外にホルンメランを一望できた。いや、本当はあまりの広さに遠くが霞んで見ることができなかった。それほどに壮大な街並みである。


 十五階に着き、扉が開くと目の前には長い廊下が一本伸びていた。係の人はスタスタと進んでいき、二つある扉のうち豪華な方をノックした。


「ジョシュア様、ハセガワ様をお連れしました。」


すると中から女性の声が聞こえてきた。


「お入りいただいてちょうだい。」


 係の人は扉を開いた。促されて中へ入ると、ジョシュア首長と思しき人が迎えてくれた。


「ようこそお越しくださいました。私がホルンメラン首長のアイラ・ジョシュアです。」


かなり若い女性だった。成年しているかどうかも怪しいほどに。銀の髪を綺麗に束ねた一つ結びが目を引く切れ目鋭い少女である。


 首長はドレスとパンツスーツを混ぜ合わせたような服を着ていた。あっさりしているが、煌びやかな佇まいだ。


 彼女は係の人に「ありがとう」と一言言うと、手で合図して彼を退室させた。係も一礼すると部屋を後にした。


 僕は部屋で首長と二人きりになったわけだが、初対面の相手だけにかなり気まずい。とりあえず何か話をと思ったので


「あの、首長さん。」


と声をかけると、彼女はつい今までの厳粛な立ち振る舞いが嘘のように突然ドサリとその身をソファに沈めた。


「いやいや、アイラでいいわよ。見たところあなたの方が年上でしょう?」


口調まで変わってしまった。僕はかなり当惑してしまい、言葉が詰まった。


「あら、突然こんな口きいて失礼だったかしら?でもごめんなさいね、私堅苦しいのは苦手なのよ。」


「なるほど...…」


 手紙の文面もかなりしっかりしていたから、この変わりようには本当に驚くばかりである。


「あの手紙も君が?」


ちょっと信じられなくなってきたので聞いてみた。


「ああ、そうよ。手紙は誰に見られるか分からないからちゃんと書かないといけないのよね。」


 アイラは一つ咳払いをすると、今までより少し神妙に話し始めた。


「前置きはここまでとして、あなたを呼ばせてもらった本題に入るわね。」


そう言って彼女は書類らしき紙の束を取り出してきた。


「最近町で新種の魚が生まれたと騒ぎになっていたのはこの役所にまで伝わっていたわ。なんせ前代未聞のことだから役人何人かで調査したわ。すると最終的にあなたに行き着いたと言うわけ。事情聴取なんてお堅いものじゃないけれど、あなたに少し話が聞きたくてね。」


 書類には確かに僕の情報も書かれていた。


「しかし、話すといったって全て偶然の産物というか……」


アイラは一枚の写真を突き出してきた。


「偶然だけでこんな見た目の魚が生まれるわけがないでしょう!」


役人が撮ったと思われる写真にはハプリードが写っていた。


 「これが生まれた経緯を教えてちょうだい。」


とアイラが言うので、一部始終を彼女に伝えた。


「にわかには信じられないけど、本当に違う動物同士が交配してねえ……」


彼女は黙って考え込んだ。


「だから今回のはほぼほぼ偶然なんだよ。僕自身が作ろうと思って作ったわけじゃないさ。」


 アイラは考えがまとまったようで、顔を上げた。


「いや、偶然か偶然じゃないかはそれほど大事じゃないわ。大事なのは、違う生き物同士の配合で新種の生物を作り出せるということなんだ。そして、それで二番目の用件を解決できるかもしれない。」


 「二番目の用件?何なの、それは。」


と聞けば、アイラはまた別の書類を持ち出してきて、僕の前に突き出した。書類はクリップで止められており、表紙には『ホルンメラン騎馬隊創立についての案』と書かれていた。


「世界中どこの町にも、それぞれ町の警備の役割を担う軍隊が配備されているわ。それはこのホルンメランも例外ではないの。」


確かに、街を歩いていて、兵士らしいのを見たような気がしなくもない。まあ興味はないのだが。


「しかし、このホルンメランには、他の都市に当たり前にある騎馬隊がないのよ。」


 この世界はある点においては元の世界に先んじているが、またある点については元の世界より遅れている。


 軍事面に関しては後者なのだろう。すると騎馬隊は平地戦の主力になるはず、って昔漫画かゲームかで聞いた気がする。


「どうしてないのさ?」


と聞くとアイラはソファから立ち上がった。


「百聞は一見にしかずって言うし、見てもらったほうが分かりやすいわ。」


といって彼女はドアの方へ向かったので僕もそれに続いた。


 またあのエレベーターで一階まで降りると、今度は裏口から外へ出た。途中で顔を合わせた役人たちと挨拶を交わすアイラを見て、この少女がこの町の首長であることを実感した。


 裏口には前もって馬車が用意されていた。彼女は何でもないふうに馬車の中へと乗り込んだが、僕は初めてである。まさか僕が馬車に乗る日が来ようとは。


 馬車の乗り心地はあまり良いものではなかった。石畳の上を走っているせいもあるのだろうが、ガタガタ揺れるし、曲がるときはもっとだ。少し酔ってしまった。


 しかし、黙って連れて行かれているので行き先が気になってくる。無言で頬杖をつきながら外を眺めているアイラに聞いてみた。


「ねえ、どこに向かってるの?」


「町の外よ。」

彼女は外を向いたまま答えた。

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