序章―第4話 アークトゥス

 ――なんでこんな事になってしまったんだろうな。


 クリッサに護衛してもらいつつ、『始まりの都市』へと向かっていた俺は、終始そんな考えを巡らせていた。

 主人公が異世界へと転生したり転移したりするラノベは昔から相当人気だったし、俺も高校生くらいの時は好んで読んでいたさ。


 けれど、まさか本当に異世界転移するなんて、夢にも思っていなかったよ。


 確かに当時の俺にも、異世界行って無双してハーレムを作ることに憧れた時期はあったけど……!

 そんなしょうもない夢を本気で望んだ覚えはないぞ、異世界のクソッタレな神様さんよぉ!


 いざ、なにも知らされずにこんなファンタジー世界に放り投げられて、初めて分かった。

 こんなもの……恐怖でしかないぞ。平和ボケした日常を生きていた若者が、常に命の取り合いをしている戦場に急に投げ出されて、生きていけるわけがないだろうが!

 なにが無双だ、なにがハーレムだ、早く元の世界に帰りたいんですけど……。


「顔色悪そうだけど、大丈夫?」

「あ、ああ。ちょっと目眩がしただけだ。気にしなくていいよ」

「……辛くなったらいつでも言って。簡単な治癒魔法なら使えるから」


 治癒魔法ねぇ……。

 傷ついたらすぐに魔法で回復できるのは確かに便利だ。だが、治癒魔法という技術が発展しているのは魔物と戦って傷つく機会が多いからとも解釈できるんだ。

 この世界がどこまでAMOに忠実かは分からないが、少なくとも戦闘の絶えない世界であることは間違いない。


 俺のステータスは、AMOがサービス終了した瞬間のものが引き継がれている。

 だからやろうとすれば……俺も魔物と戦えるのかもしれないけれど。


 俺は本当に戦えるのか?


 スキルとかは大量に持っているけど、発動条件は不明。

 ゲームの世界では数多の武器を振り回していたけど、実際に武器を握った経験は皆無。

 今の俺は、能力だけ持ったただの木偶の坊なんだ。

 このままでは、この世界で野垂れ死ぬのも時間の問題。一体どうすれば……?


 そんなネガティブな思考を巡らせていると、少し前を歩いていたクリッサがふと足を止める。


「見えてきたわ。あれが目的の街、アークトゥスよ」


 彼女が指差した先には、思わず息を呑んでしまうほど美しく鮮やかな光景が広がっていた。

 中世ヨーロッパの文明に高度な魔術文明を足し合わせたような街並み。

 ゲームの中で幾度となく見てきたにもかかわらず、俺はこのアークトゥスの風景に心奪われてしまった。


「ここが……アークトゥスなのか?」

「ええ、そうよ。すごく綺麗な街でしょ」


 彼女の言葉に俺は無言でうなずく。

 画面や解像度と言った概念を取っ払って見る世界が、ここまで美しいものだとはな。


「この高台はね……私のお気に入りの場所なの。ここに来れば、辛いことや苦しいことなんて全部忘れられるから」

「ああ、全くもってその通りだな」


 俺もこの見晴らしのよい高台のことは覚えている。

 アークトゥスに拠点を置いていた頃は、よくここの景色を眺めながら、現実世界で缶コーヒーを飲んでいたものだ。


 10年間もあのゲームに入り浸って、AMOのことなら隅から隅まで知っていると自負していたが……またこんなにも驚かされることになるなんてな。

 もしかしたら俺がこの世界に来てしまったのは、サービス終了したAMOをプレイしたいと切実に願ったからなのかもしれない。

 どこかの神が、記憶を消さずとも、もう一度AMOの世界を楽しめるようにと粋な計らいをしてくれたのかもしれない……な。


「少しは元気出た?」


 ジッと眺めているとクリッサがかすかな笑いを口元に浮かべ、俺の顔を覗き込んできた。

 もしかして、彼女は俺を慰めるためにこの場所に――


「記憶を失って不安なのも分かるけど……前を向かなきゃ、いつまで経っても前に進めないわ」

「……ははっ、それもそうだな」


 頭の整理はまだ出来てないけど、彼女の言う通り前に進むしかないんだろうな。

 なぜ俺はこのAMOの世界に来てしまったのか、どうやったら元の世界へと帰れるのか。

 なにもかも分からないことだらけだが、手探りで進んでいくしかないんだ。

 かつて、AMOを初めたばかりの俺と同じように。


「そうと決まれば、街に行って聞き込みするか! クリッサ、案内頼めるか?」

「ええ、喜んで。カズヤは大船に乗ったつもりでいるといいわ」


 俺が元気を出してくれたことに安堵したのか、小さな吐息を漏らしつつ胸を張って俺の願いを聞き入れてくれた。

 クリッサは俺の想像以上に優してくて、強かったのだ。ゲーム三昧の人生を送ってきたヘタレな俺が生み出したキャラとは思えないほどに……。


「ふぅ、気分転換完了――それじゃ、ついて来て。聞き込みをしつつ、アークトゥスで重要な施設を紹介するわ」

「ああ、期待しておくよ」


 軽い足取りで高台を降りていくクリッサの後を追うように、俺は駆け足で彼女の背中を負っていったのだった。

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