6 魅花は阿鳥に復讐する4(魅花視点)


「邪魔するぞ!」


 阿鳥がドアを開けると、男が入ってきた。


「おら、お前も来いっ!」


 と、若い女性を引きずるようにしている。


「お、お願い、乱暴なことはしないで」

「うるせぇ! てめぇは黙ってろ! このヤリマンが!」


 言ってから、男は阿鳥に向き直った。


「須山ってのは、お前だな!」

「え、えっと、あなたは――」

「今さら何言ってんだ! こうして会うのは初めてだが……雅美の夫だ。何しに来たかは分かるよな?」


 雅美――というのは、彼と一緒にいる女である。

 人妻であり、阿鳥と何度か関係を持った……というところまで、魅花は調べてあった。


「くそっ、こんな奴に――うおおおおおおっ!」


 男は怒声を上げながら、阿鳥を殴りつけた。


 何しろ体格が一回り近く違う。

 阿鳥は壁際まで吹き飛ばされた。


「う、あああ……」


 ダメージが大きいのか、殴られたのがショックだったのか、へたりこんだまま立ち上がれない様子の阿鳥。

 男がさらに襲い掛かった。


「ひ、ひいっ……!」

「こんな奴に嫁が寝取られたのかよ、くそがぁっ!」


 男は阿鳥を何度も殴りつけていた。

 のしかかられた状態で、阿鳥は一方的に殴られ続けている。


 ごすっ、ばきっ、という打撃音。

 くぐもった悲鳴。

 飛び散る血。


 凄惨な修羅場だった。


「す、すみませ……許し……ぐあぁ、ああ……た、助け……」

「くそっ、くそっ、くそぉぉぉぉぉっ!」


 阿鳥の悲鳴と男の怒声が響き続ける。

 魅花はその光景を存分に見つめた後、


「あたしは失礼しまーす、くふふふふ」


 ほくそ笑みながら、阿鳥の家を後にした。

 先ほど彼に殴られた頬が痛かったが、こんなものは名誉の負傷だ。


「勝った……!」


 自然とガッツポーズが出る。


 とはいえ――。

 魅花にとって『無傷の勝利』ではない。


 これから先、子どもが成人するまでずっと続く育児が待っているのだ。

 頼りにできる相手はいない。


 阿鳥にはこれから先、多重の慰謝料請求が待っているだろう。

 そもそも彼と一緒に家庭を築くなどまっぴらだ。


 かといって、実家の力を借りるにも限度があるだろう。

 シングルマザーとして生活していくのは、簡単ではない。


 結婚でもするか?

 できるのか?

 これから先の稼ぎはどうするのか?


 問題は山積である。


 あまり深く考えることなく、いつの間にかこんなところまで来てしまった。


 そのことをあらためて感じ取ると、魅花から先ほどまでの高揚感が消え失せ、途方に暮れて立ち尽くした。



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