9 冬の始まり・進藤魅花と須山阿鳥2(魅花視点)


「……だからなんだよ」

「あたし……この間、あんたに会いに来たでしょ。そのときのこと、覚えてる?」

「何週間も前のことだろ……いちいち覚えてねーよ」


 阿鳥が言ってから、


「ああ、子どもを産むつもりだとかなんとか言いにきたんだったか。思いだしたよ」

「うん。それであんたの髪を引っ張って、髪の毛抜いたでしょ」

「腹いせにこうしてやる、とか言ってたか……だんだん思いだしてきた。痛かったんだぞ」

「あれね。本当はDNA鑑定するために抜いたの」


 魅花はカバンから一枚の紙を取り出した。


「ほら、これが鑑定結果のコピー。本物は家に保管してあるからね」

「おい、これ――」


 阿鳥が目を見開く。


 そこには子どもの父親が髪の毛の主とほぼ確実に一致するという内容が書かれている。


 つまり、魅花のお腹の子どもの父親が、阿鳥だということを――。


「……で、でたらめだ!」

「ちょっと、阿鳥くん、さっきから何の話? あたし、気になるんだけど――」

「お前は黙ってろよ!」


 阿鳥は部屋の奥から出てきた恋人に怒鳴った。

 びくっと震えて押し黙る彼女。


「あいかわらずだね……その人は今の彼女? それともセフレ? ぞんざいな扱いしてるっていうのが伝わってくるよ」

「う、うるせぇよ……なんだよ、これ……俺、認知なんてしねーぞ。だ、だいたい、こんなもん当てになるかよ! くそっ、俺は責任なんて取らねーからな!」


 言うなり阿鳥は部屋の奥に逃げ出した。


「ち、ちょっと、逃げるの!? 証拠あるんだよ、ほら! ほら!」

「……だからなんだよ」


 部屋の前まで追いかけていくと、バタンと扉を閉められてしまった。

 ドアの向こうから阿鳥の声が響く。


「お前だって産む度胸なんてないだろ? 親に泣きついて堕ろすための金でも出してもらえよ。責任なんて取らねーからな。ま、お前が本当にガキを産んだら考えてやる」

「……あたしが産めないとでも思ってるのかよ」

「無理無理。お前、まだ高校生だろ。その年で母親になる覚悟、あんのかよ?」

「くっ……」

「はははは! 俺を脅したいなら、実際に産んでから来いよ。絶対無理だろうけどな!」


 駄目だ、と思った。

 彼女が出産しない限り、阿鳥はこうして話から逃げ続ける。


 かといって、実際に出産しても阿鳥が責任ある行動をしてくれる、という保証はない。


 そもそも、こんな男と結婚して子どもを育てていけるのか?


(嫌だ、こんな奴と結婚なんて――)


 ならば、やはりシングルマザーとして育てていくか。


 それとも……堕ろすか。


(どうしよう……)


 魅花は閉じられたドアの前で立ち尽くす。


 ふと床に何かが落ちていることに気づいた。

 阿鳥のスマホだ。


 さっき部屋に逃げ込むときに落としたのだろう。


「ふぅん……」


 床に落ちているスマホを見つめ、魅花はすうっと目を細める――。





***

〇『いじめられっ子の俺が【殺人チート】で気に入らない奴らを次々に殺していく話。』

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