5 冬の始まり・天ヶ瀬ルルと桐生計2(ルル視点)

「……ねえ、もしかして計は私とキスするのが嫌?」


 ルルは反射的にそうたずねてしまった。

 桐生が驚いたような顔で両手を振る。


「そ、そんな! 違いますっ」

「じゃあ、どうして何もしてくれないの? 私に興味ない?」

「だから、違いますよ……」


 勢いでつい責めるような口調になると、優しい性格の計にしては珍しくムッとした表情を見せた。


「だって、付き合って半年よ? キスくらいしてくれてもいいじゃない」

「ルル先輩は慣れてるのかもしれませんけど、僕は未経験なので……」

「っ……! 『慣れてる』って何よ……私が元彼とキスしたことがあるのが気に入らない、って遠回しに言ってるの?」


 駄目だ、と心の中でもう一人の自分が叫ぶ。


 こんなことを言っては駄目だ。


「私が元彼とセックスしたことも気に入らない? そんなの付き合う前に分かってたことでしょう!?」


 なのに――止められない。


 半年の間に、知らず知らず溜めこんでいた気持ちが、一気に噴出している感じだった。


「そんな……僕は……」


 桐生が何かを言いかけて、口をつぐむ。


 そして――沈黙が流れた。


 重苦しい空気だった。


 ルルはたちまち後悔でいっぱいになった。


 なぜ一時の感情で、こんなことを口走ってしまったのだろう。

 もう少し冷静に、自分の感情を整理してから話すべきだった。


 同じ内容を話すにしても、桐生を責めるような口調になったのは大失敗だった。


(ああ、もうっ……何やってんのよ、私は――)


 自分で自分が嫌になる。


「僕はただ……ルル先輩とそういうことをするのを……大切にしたかったんです……すごく特別な行為だと思っているから」


 桐生がルルを見つめる。


「でも、それは僕が大げさに考えすぎているだけなんでしょうか? 実際はそこまで大したことのない行為なんですか? 経験がないから分からないです」

「計、私――」

「すみません。僕がヘタレだったんですね」


 桐生は寂しげに笑った。


 ルルはその顔を見て、ひどい罪悪感にとらわれた。


 間違えたのだ、と思った。

 いきなり不満をぶつけるのではなく、もっと丁寧に、少しずつ自分の想いを伝えるべきだった。


 自分はこんなふうに望んでいる。

 あなたはどう思うの?

 と、話し合うべきだった。


「僕、帰りますね」


 桐生が背を向け、去っていた。


「ち、違う……待って、計……違う、から……」


 ルルは震えたまま、その場から動けなかった。


 追わなければ、と思うのだが、追いかける気力が湧かない。

 まるで全身が凍りついたように動かない。


 自分は、かけがえのないものを自ら壊してしまったのではないか――。


 不安と絶望に、ルルは打ちひしがれていた。


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