7 赤羽根蜜と北条霧子(霧子視点)

 その日の放課後、北条霧子は生徒会室にやって来た。


 生徒会の仕事はなかったのだが、なんとなく来てしまったのだ。

 誰もいないと思ったら、扉を開けると予想外の先客がいた。


「はあ……」


 窓の外を見ながらため息をついているのは、彼女の憧れの女子生徒――赤羽根蜜だった。


「はあ……」


 また、ため息。


「どうしたんですか、蜜さん」


 霧子は心配になって声をかけた。


「えっ、霧子ちゃん……? どうしてここに」

「えへへ、なんとなく来ちゃったんです。蜜さんに会えるなんてラッキーです」


 霧子の声が弾んだ。


 蜜と一緒にいると、胸が甘酸っぱくときめき、気持ちがどうしようもなく高揚する。


 恋心……とは少し違う気がするが、単純な友情かというと、それも違う気がする。


 この気持ちがなんなのか、霧子自身にもはっきりとは分からなかった。


 それはそれとして――蜜の様子が、明らかにおかしい。


 常に凛として、美しく、霧子にとって理想の女性像といえる赤羽根蜜が――今は目に見えて落ち込んでいる。


「……いえ、なんでもありません」


 答える蜜の声には力がなかった。


「蜜さんでも悩んだりするんですね」


 霧子が彼女の隣に並ぶ。


「えっ」

「だって、蜜さんって勉強もスポーツもなんでもできて、先生からの信頼も厚くて、美人でナイスバディで何から何まで完璧、って感じです。本当にすごいです……憧れます……!」


 霧子が熱く語った。


「あたしも蜜さんみたいになりたいです」

「私……霧子ちゃんが思うような、すごい人じゃないですよ」


 蜜は寂しげな顔で首を横に振った。


「もっと普通で、不器用で、心だってたぶん醜い……」

「そんなことありません!」


 霧子が叫んだ。


「あたしは蜜さんがいるから、毎日が楽しいです。あなたが、あたしを癒してくれたんです。醜くなんてない! あなたは優しくて、温かくて、あたしにとって……えっと、だから――」

「霧子ちゃん……」

「上手く言えないけど、蜜さんが悲しんでるとあたしも悲しいです。だから……あたしでよければ、いつでも話を聞きます。少しでも蜜さんの気持ちが楽になるように……

「……ありがとう」


 蜜は霧子を抱きしめた。


「こうしてると癒されます……私にはこんなにも素敵な友だちがいるんですよね」

「えへへ」


 霧子は思わず照れた。


「失恋、したんです。私」


 唐突に、蜜がぽつりとつぶやく。


「えっ」

「あ、やっぱり上手く話せない……もうちょっと気持ちを整理してから……それ以上のことは、今度話しますね」

「はい。あたしでよければ、なんでもぶっちゃけてください!」

「ふふ、今度一緒に遊びに行きましょうか?」


 蜜が微笑む。


「やったー! 蜜さんと一緒だ!」


 霧子がはしゃいだ。


 蜜も、微笑み続けていた。


 わずかな陰りをたたえつつも……いつもとほとんど変わらない、優雅で気品のある美しい笑顔だった。

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