3 俺と赤羽根先輩のこれから

「ごきげんよう、影咲希くん」


 赤羽根先輩はいつも通り、優雅な会釈を交えて挨拶する。


 けれど――その目は真っ赤だった。

 一晩中、泣きはらしたんだろうか。


 そう思えるほどに、まぶたが腫れぼったい。


「……おはようございます」


 俺は深々と頭を下げた。


「……昨日は本当にごめんなさい」


 赤羽根先輩が謝ってきた。


「いや、俺は――」

「ううん、影咲希くんに彼女がいることを知って、それでもキスをねだるなんて……私、最低だったな、って」


 声をひそめながら、また謝られた。


「気に病まないでください、先輩……」

「生徒会は、もし嫌でなければ続けてほしいです」


 赤羽根先輩が俺を見つめた。


「でも、私と会うのが気まずければ、もちろん抜けていただいて構いません。悪いのは、私だから……」

「先輩は悪くありません!」


 俺は思わず叫んでしまった。

 周囲の生徒たちが驚いたように俺たちを見る。


「あ……」

「……もう、影咲希くんったら」


 赤羽根先輩がクスリと笑った。


 ……よかった、理由がなんであれ、笑ってもらえた。


「場所を変えましょう。まだ始業までに少し時間がありますし」




 俺たちは中庭に移動した。


「私の気持ちは昨日も言ったとおりです。ただ、あなたに彼女がいる以上、きっぱり諦めます」

「先輩……」

「だから、これからは……お友だちとして接していただけませんか? もちろん、あなたが不快なら今後いっさい、あなたにかかわらないと誓います」

「不快じゃないです。先輩が望むなら――もちろん、これからも友だちです」


 俺は微笑んだ。


「よかった……」


 赤羽根先輩はホッとした様子だ。

 それから俺たちの間に短い沈黙が流れる。


 沈黙が、重い。


 何を言えばいいか分からなかった。


 彼女を、慰めたい。

 でも、彼女を振ったのは俺なんだ。


 半端なことを言っても、結局傷をえぐることになってしまう。

 かといって、何も言わなければ、それはそれで――。


「時間が……いつか解決してくれるんでしょうか」


 その短い沈黙を破り、赤羽根先輩がポツリとつぶやいた。


「影咲希くんは、その、元カノとのことは、どうやって乗り越えたんですか?」

「俺は――」


 そう、俺も赤羽根先輩と同じく、以前に失恋経験がある。

 魅花とのことだ。


「ちょうど振られた日に、今の彼女と出会って……というか、再会して……それで……」

「その人が影咲希くんを癒やしてくれたんですね……」


 つぶやいた赤羽根先輩の横顔は寂しげだった。


「私も少しずつでも、前を向いて進んでいこうと思います……いつか、癒されるかもしれない日まで」


 言って、彼女は俺の方を向いた。


「話を聞いていただいてありがとうございました。影咲希くんと話せて、ほっとしました」

「先輩……」


 俺は、彼女の口元にかすかな微笑みが浮かぶのを見た。


 言葉通り、前向きに進んでいこうとしているんだ。


 強いな、って思う。


「行きましょう、そろそろ始業の時間です」

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