19 雨の中で


「先輩……」

「ふふ、ごめんね。私、嫌な思いさせちゃったよね。告白なんかしてごめんね……生徒会に誘ったりして、ごめんね……」


 雨が先輩の頬を伝う。


 いや、それは涙だったのかもしれない。


「そんな! そんなふうに謝らないでください!」


 俺は――ようやく気付いた。


 もっと早く言うべきだったんだ、と。


 なぜ、俺は言わなかったんだろう。

 もう少し頭を働かせていれば、赤羽根先輩の想いに気づけたんじゃないか?


 もっと早い段階で、俺に付き合っている相手がいることを伝えられたら……こんなふうに傷つけずに済んだんじゃないか?


「俺は……俺が、もっと……」

「影咲希くんは何も悪くないですよ」


 赤羽根先輩が微笑んだ。


 悲しそうに、微笑んだ。


「気を遣わせて、ごめんなさい」


 微笑んだまま――泣いていた。


 俺はその顔を見て、言葉を失った。


 言葉が、出てこなかったんだ。

 先輩にかける言葉が見つからない。


「もう一度だけ――」


 先輩が涙で濡れた瞳で俺を見つめた。


「もう一度だけ……口づけしてもらえませんか?」


 そのまま抱き着かれた。


「っ……!」


 先輩の顔がすぐ近くにある。


 お互いの唇はあと一歩で触れそうな距離まで近づいていた。

 あのとき――俺と先輩はその一歩を超えて、キスをした。


 けれど、今は。


 脳裏に真白さんの顔が浮かんだ。


 脳裏の真白さんは、泣きそうな顔をしていた。


「……すみません、俺にはできない」


 深いため息をついて、俺は赤羽根先輩の両肩をそっと押した。


 彼女の顔はこわばっている。

 ショックなのか、悲しいのか、あるいは怒っているのか――。


 俺には分からない。


「……未練がましいですね、私。今のは忘れてください……ごめんね」


 赤羽根先輩が深々と頭を下げた。


「キスは駄目でも……握手なら、していただけますか?」

「先輩……」

「友だちとしての――親愛を込めた握手を」

「……はい、もちろんです」


 俺は微笑んだ。


 悲しいけれど、苦しいけれど、微笑んでみせた。


 本当に辛いのは赤羽根先輩だろうから。


 せめて笑顔で……。


 俺と赤羽根先輩は握手をした。


「っ……」


 赤羽根先輩がうつむく。


 か細い肩が震えていた。


 整った顔立ちが、すぐにくしゃくしゃになって、嗚咽を漏らし始める。


「赤羽根せんぱ……」

「私、もう行きます……っ」


 叫ぶように告げて、彼女は背を向けた。


「一人になりたいので……来ないでくださいね!」


 彼女の後ろ姿が遠ざかっていく。


 俺はその場に立ち尽くした。


 女の子から思いを打ち明けられて、それを断る――つまり『振る』っていう行為は生まれて初めてだった。







※次回から第6章になります。ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!

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