11 罪悪感


「っ……!」


 俺たちは弾かれたように、同時に離れた。


「す、すみません……っ」


 俺は慌てて頭を下げた。


 どうしよう。

 事故とはいえ、赤羽根先輩と――キスしてしまった。


 それは、時間にして数秒程度のことだったんだろう。


 だけど、俺には何分にも、何十分にも感じられてしまった。


 あまりのことに思考が停止し、完全にパニック状態だった。


 人によっては『たかがキス』かもしれないし、『これが初めてじゃないんだし』って考える人もいるだろう。

 けど、俺はそんなふうには考えられなかった。


 キスは――やっぱり特別な行為だと思うし、好きな人とだけしたいから……。

 付き合ってもいない人と、事故でこんなふうに体験してしまうのは衝撃だったんだ。


 もちろん、赤羽根先輩への好意はある。


 ただし、それは人としての好意だ。

 女性に対する好意じゃない。


 俺がその気持ちを向ける相手は、今は真白さんだけなんだから――。


 赤羽根先輩は自分の唇を指で押さえ、震えている。


「お、俺、なんてことを――」


 もう一度、俺は深々と頭を下げた。

 彼女に対する申し訳なさと、真白さんに対する申し訳なさとで、頭の中がぐちゃぐちゃになっていた。


「あ、いえ、謝らないでください。むしろ、私の方が謝らないと」


 赤羽根先輩が深々と頭を下げた。

 俺以上に。


 それから、俺たちは同時に頭を上げる。

 見つめ合う格好になり、あらためて恥ずかしさや気まずさがこみ上げてきた。


 つい、相手の唇を見つめてしまう。


 さっき、俺の唇がここに触れたんだよな――。


 背筋がゾクリとした。

 背徳感、というやつだろうか。


「も、もしかして……影咲希くんも、初めてでしたか?」


 赤羽根先輩がたずねた。


「えっ? い、いえ、俺はその……経験、あります」


 ファーストキスは魅花と、そのあと真白さんとも何度もした。


「あ……そうですよね。彼女、いましたものね」


 赤羽根先輩がうつむく。


「私は……初めてです……」


 それから彼女はポツリとつぶやいた。


「っ……! お、俺――」


 赤羽根先輩のファーストキスを奪ってしまったんだ。

 罪悪感で胸が痛くなる。


「いえっ、事故ですから! それに悪いのは私です!」


 赤羽根先輩が慌てたように叫んだ。


「悪いのは先輩、ってどうして……?」

「だって、私……本当は避けられたのに……」


 言いかけて、彼女は首を左右に振った。


「と、とにかく……っ、不愉快な思いをさせてごめんなさい」

「不愉快だなんて。俺の方こそ……」

「とにかく、謝らないでくださいね? 私は、その……少なくとも嫌な思い出ではないです。いいえ、むしろ――」


 そっと自分の唇を撫で、微笑む赤羽根先輩が、やけに妖艶に見えた。


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