8 桐生計は天ヶ瀬ルルに片思いしている4

「あ、あの、それじゃあ僕のことも『計』でいいです」


 そう、お互いに名前呼び――。

 これでさらに関係性が縮まるはずだ。


「え、いいよ、私は。他人を名前で呼ぶの、苦手」

「えっ」

「今まで通り『桐生』って呼ぶから……ふう」


 低血圧っぽい普段のため息とともに、ルルがきっぱり言い切った。


「そ、そうですか……」


 桐生は撃沈した気分だった。


(い、いや、ともあれ、僕の方は天ヶ瀬先輩を――いや、『ルル先輩』を名前呼びできることになったんだ。これだけでも大きい! うん、成果ありだ!)


 すぐに立ち直り、テンションを上げていく。


「えっと……いい天気ですね」

「まあまあ晴天」

「ですよね!」

「ふう」

「え、えっと明日の天気は……なんだっけ……」

「桐生、いつも天気の話題ばかり」

「そ、そうでしたっけ?」

「天気予報とか好きなの?」

「好きってわけじゃ……」


 ただの会話のとっかかりだった。

 とはいえ、さすがに毎回天気の話題ばかり、というのも――。


「うーん……ルル先輩ともっと会話を弾ませたい……」


 今日もなかなか上手くいかない。


 どうしても気持ちが空回りしてしまうし、テンションが上がりすぎて頭が真っ白になり、結果なんの話題も思い浮かばない、ということの繰り返しだった。

 と、


「私、そろそろ行くね」


 ルルが立ち上がった。


「えっ……」

「今日は塾があるから」

「あ……そ、そうですか」


 桐生の胸に落胆が広がっていく。

 せっかくの二人っきりの時間だったが仕方ない。


「ルル先輩」

「ん?」

「えっと、僕……」


 駄目だ、上手く言葉が出てこない。

 もっとスラスラと、大好きな女の子と楽しく話せたらいいのに。


 どうして彼女と話すときに限って、会話が続かないんだろう。


 どうして――。


「またね」


 ルルが背を向ける。


「計」

「えっ」


 桐生は驚いて立ち尽くした。


 呆然と彼女の後ろ姿を見つめる。


 今、ルルはなんと言ったのだろう。


 聞き間違いだろうか?


 いや、確かに言ったはずだ。


 自分のことを『計』と――。


「名前で呼んでほしいんでしょ? 名前呼びは苦手だけど、まあ……」


 ルルが振り返って、小さく笑った。


 彼女の微笑みを見るのは久しぶりな気がして、胸がときめく。


「あ、う、嬉しい……です」

「本当に嬉しそうだね」

「はいっ」

「そんなに喜んでもらえると呼んだ甲斐があるかな。じゃあ、明日また。計」

「はい、ルル先輩っ」

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