6 桐生計は天ヶ瀬ルルに片思いしている

 コピーを終えて戻ってくると、赤羽根先輩は席を外していて、室内には桐生と天ヶ瀬先輩しかいなかった。


「……ストップ。しばらく二人にさせるぞ」


 ドアのところで北条が俺を制止する。


「えっ」

「空気読めってことだよ。ほら」


 桐生と天ヶ瀬先輩は作業に集中しているのか、戸口の俺たちに気づいていない様子だ。

 というか、二人の雰囲気が、その、なんとなく――。


「あ、もしかして……」

「ん」


 俺がハッと気づくと、北条は小さくうなずいた。

 その口元に微笑が浮かんでいる。


「邪魔しちゃ悪いだろ」

「へえ、あの二人って……そうだったのか」


 つぶやきつつ、俺は北条とともにドアの側で中の様子を見つめる。


 ……いや、これじゃ覗き見だな。


 あんまりよくないんじゃ――。

 と思いつつも、離れるタイミングがつかめない。


 うかつにここから離れると、その気配で桐生や天ヶ瀬先輩に気づかれそうだ。

 そんな二人は隣り合わせに座り、何やら作業をしているようだった。


「あ、あの、ルル先輩――え、えっと、いい天気ですね」

「曇り空」


 抑揚のない声で答える天ヶ瀬先輩。


「あ、そ、そうでした」


 桐生はばつが悪そうにうつむき、


「で、でも、これから晴れるかも!」

「天気予報。今日は一日中曇り。ところにより雨」


 ……よく毎日の天気予報なんて覚えてるな、天ヶ瀬先輩。


「晴れるといいですねっ!」

「私は曇り空の方が好き。涼しい」

「そ、そっか、いいですよね、曇り」

「いい」

「ですよね」


 なんとか会話をつなごうとしているが、続かない。


 ――と思いきや、


「そんなに晴れがよかった?」


 天ヶ瀬先輩が桐生を見つめる。


 こうして見ると、やっぱり天ヶ瀬先輩も美人だな……。

 桐生が好きになるのも、ちょっと分かる気がする。


 見ていると、ドキッとしてしまう。


 俺……もしかして、年上が好きなんだろうか?

 思い浮かんだのは、真白さんの笑顔だった。


 今ごろ、どうしてるかな、真白さん――。

 LIMEではやり取りしてるんだけど、真白さんは仕事が忙しいみたいで、けっこう遅い時間に返事がきたりする。


 俺の方は割と早く寝るタイプだから、翌朝になって返信に気づいて、その返事にタイミングが合わなかったり……といった感じ。


 やっぱりLIMEじゃなくて、直接会いたいな。

 会って、触れあいたい。


 ……い、いや、エロい意味じゃなくてね。


 まあ、エロい意味でも触れ合えたら最高だけど。


「……って、こんな真っ昼間から何考えてるんだ、俺は」


 思わず自分自身にツッコんでしまった。


「影咲希先輩、目がやらしかったぞ」


 北条がじとっとした目で俺をにらんでいた。


 ぎくり。


 内心の妄想まで読み取られてはいないだろうけど、彼女の鋭いまなざしを見ていると、全部見透かされているような気分になってしまう。


「……まさか、あたしに対してよからぬ妄想を抱いてるんじゃないだろうな」

「いや、それはない」

「即答かよ! それはそれで、ちょっとだけ腹立つんだけど」

「えっ、そうなの?」

「だって、ほら……あたしにもいちおう、女としてのプライド的なアレが」

「プライドか……」

「乙女心ってやつだ」

「そうなんだ」


 けっこう複雑なんだな……。



***

※真白さんパートは8話からです……あと2話……。

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