2 真白との再会

 それから数時間のことは、まったく記憶がない。

 呆然としたまま駅前をうろついていた。


 人の多い繁華街にいると、少しだけ気分がやわらいだ。


 ただ、頭の中ではさっき目にした魅花のキスシーンがグルグルと回っていた。


 何度も何度も。


 エンドレスで。


 終わらない、悪夢だった。




「嘘、もしかして……コータくん?」




 そんな俺の鬱屈した思考を打ち破ったのは、清涼感のある女性の声だった。


 どこかで聞き覚えがあるような、懐かしい声――。


 だけど、思い出せない。


 誰だろう。


 魅花のことで頭がいっぱいになっていた思考が活性化を始める。


 君は、誰――?


 俺はゆっくりと顔を上げる。

 目の前にいたのは――。




 信じられないくらい綺麗なおねーさんだった。




 ストレートの長い黒髪につぶらな瞳。

 スーツ姿で知的な雰囲気を漂わせている。


 清楚系の美人……っていうか、こんなに綺麗な女性を見たのは生まれて初めてかもしれない。

 それくらいの『オーラ』があった。


「あ、あの、あなたは……」

「やだな、私よ。覚えてない?」


 おねーさんが微笑む。


 笑顔も素敵だった。

 ボロボロだった俺の心が癒されていくようだ。


 初対面のはずなのに、そんな気が全然しない。

 いや、彼女の口ぶりからすると初対面じゃないのか。


 誰だ?


 誰なんだ……?


「子どものころはよく『真白ましろお姉ちゃん』って懐いてくれてたじゃない」


 その名前を聞いた途端、俺の中に電流が走った。


「まさか……」


 あらためて彼女を見つめる。


 記憶が、あふれ出す。


 懐かしさと郷愁。

 そして甘酸っぱい初恋の思い出が。


「まさか、本当に……真白お姉ちゃん……」


 俺は呆然と彼女を見つめた。


 清白きよしろ真白。


 母方の親戚――かなり遠縁だが――のお姉さんで、子どものころによく遊んでもらった。

 小学生くらいまでだろうか。


 その後は、彼女が遠方の県に就職したこともあって、すっかり疎遠になっていたのだが――。


「ふふ、あのコータくんがこんなに大きくなって……おねーさん、びっくり」

「俺も驚いたよ。真白お姉ちゃんとこんなところで会うなんて」

「うふふふふ」


 笑いながら、真白お姉ちゃんが俺に抱き着いてきた。


「ち、ちょっと……!?」

「あれぇ……私、酔っちゃったのかなぁ……?」


 確かに、すごく酒臭い。


 俺の方もいっぱいいっぱいだったから気づかなかったけど、よく見たら彼女の顔は真っ赤だった。

 飲み会の帰りだろうか?


「ごめんね、体に力が入らなくて……ぇ」


 言いながら、真白お姉ちゃんはいきなり寝息を立て始める。


「わわっ、ちょっと!? こんなところで寝ちゃだめだよっ」


 叫んだものの、彼女はすっかり出来上がっているようだ。


 仕方がない――。

 とりあえず俺は近場に運ぶことにした。


 そう、俺の家だ。


 真白お姉ちゃん――いや、真白さんと呼ぼう――を介抱するんだ。

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