第6話

 ピチョン。という水滴が落ちる音で怜は目覚める。起き上がると途轍もなく体が重たいし頭がボーっとしたままだ。恐らくまだ古屋によって打たれた睡眠剤の効力が切れていないのだろう。

 ボーっとした思考のままで周囲を見回すと、簡易的なトイレやベッドくらいしかない、まるで牢屋のような構造の部屋だった。外の様子がわかるような窓もなければ、時間がわかるような時計もなく、体内時計を狂わせるような環境だ。

 重い体を動かして何処まで歩けるかとフラフラの体で歩こうとしてみれば、よく見れば手には手錠、右足には足枷がはめられており、自ら行動できる範囲はある程度制限してしまうようだ。

「なんだか昔を思い出すなぁ……」

 そんな手錠を見ながら怜がポツリと呟く。今自分が置かれている状況を整理完了して、次第に頭が覚醒していく。それにしても、猛獣に使うような催眠剤を打つなんて酷い話だなと考えていくと、檻の向こう側から古屋の姿が現れた。

「おっと、お目覚めになられたんですねー。調子は如何ですか?」

 ニコニコと嬉しそうに怜の様子を伺ってくる。

「お陰さまで。この通り元気ですよ」

 怜は皮肉交じりに手錠をかけられた手をブラブラさせながら答える。

「そいつは上々です。いやぁ、この地下牢に押し込むのに暴れられても困るのであんな手段を使ったんです。手荒なことをしてすいませんでした」

 ヘラヘラしたまま謝る古屋を見て、こんなものがなかったら真っ先に殴っていたのにと考える怜。

「古屋は俺をこんなところに閉じ込めてどうするつもりなの?」

「もちろん、怜さんを強くするためではないですか」

 ニコッと古屋は笑う。

「顔が嘘くさい」

「酷いですねぇ。僕はこう見えても真剣ですよ」

「俺を強くするという建前はいいから、本音を言ってもらおうか? コレは古屋の利益になるようなことなんでしょ?」

「……さすが頭の回転が速い人には敵わないですねぇ。こうもあっさり言われてしまうなんて」


「怜さんにはこれからちょっとした実験をしようと思ってね」


 古屋は檻に手をかけ、とても楽しそうに怜に説明をした。

「実験? 一体なんの?」

「実は、僕には二つの顔があるんですよ。一つは若手実力派の講談師。今や注目の的でメディアからも引っ張りだこ。そして、もう一つの顔は……」


「表に出回らないような道具を作る職人ってところですかねぇ」

「職人……、それは今回の俺を使った実験と何か関わりがあるわけ?」

 古屋が押し込むように檻にもたれかかり、出来るだけ顔を怜に近づける。

「この世で最も恐ろしい道具を作る実験ですよ」

「最も恐ろしい……。ねぇ、その実験は俺じゃないと出来ないことなのか?」

 古屋の実験の被検体として何故選ばれたのか、怜はその理由を知りたかった。

「怜さんは、蟲毒(コドク)って知っていますか?」

 古屋の問いに素直に怜は首を横に振った。

「容器の中に毒虫たちを入れて共食いをさせるんです。最後に残った一匹を呪術の道具や神として崇めるのですよ。そうすれば様々な効果が得られる。それに倣って、かつ僕のアレンジを加えたものを今回作ろうと思いましてね」

「……まさか毒ばかり盛るつもりじゃないでしょうね」

「さすが物分りがいいですね。正解ですよ」

「……毒なんて盛ったら人間死んでしまって終わりだからね。そんな実験成功するはずがないよ」

 軽度で済むなら命に別状はないと思われるが、古屋なら絶対に摂取すれば即あの世の旅立つレベルの毒を盛るに決まっていると思っていた。

「えぇ。普通の人ならあっという間に仏になってしまわれると思いますよ。実際に数人ほどあっちの方へ旅立たれていかれましたし。でも、君はそういう訓練を受けられてある程度の耐性は付いているって聞いたのですが? そうですよね?」

 古屋の言葉に怜が驚愕の顔を見せる。

 コイツは自分の秘密を知っていると、そう怜は確証を持った。甘いものが好きなこともそう、昔やっていた仕事の関係で毒物にある程度の耐性を持っていることもそう。

 怜は古い記憶を漁っていくが、古屋の顔には馴染みがない。仮に誰かが変装していて古屋として生きているとしても、表の顔である芸能人としては活動していくのはかなりのリスクを伴うので、やらないだろうと判断。つまりは、古屋は誰かから怜自身の経歴を聴いているという可能性が高い。

 怜の秘密を全て知っている弐沙の場合、例え仲間割れしたとしても、ペラペラと怜の秘密をバラすような行為はしないと考える。バラしても徳になるとはいえないからだ。

 結論、弐沙以外の誰かが情報を漏らしている。

「古屋が何処まで俺のことを知っているのかは知らないが、確かにある程度の毒には耐えることはできる。でも、その情報、誰から教えてもらった? 知っている人はかなり限られてくると思うが」

「それについては教えられませんよ。情報元にも秘匿義務というものがありますからね」

「人の秘密を漏洩させておいて、喋った側の情報は秘匿するとは尚更滑稽な話だね。日本語で言うと臍で茶が沸かせちゃうな」

「この世界、持ちつ持たれつでやっていますからね。そうだ、怜さんを折角迎え入れたんですから、信頼の証として特別にいい情報を提供しましょう」

 怜は怪訝そうな顔で古屋を見る。

「昨日、電話で弐沙さんにお話をしたんですよ。怜さんが居なくなって余程慌てているかなと思ったのですが、彼は強いですね。そんな素振りはまったく見せませんでしたよ」

「まぁ、弐沙らしいね」

「君が居なくなって辛くないですか、と聞いたところ、逆に良かった。清々したとも言っていましたね」

「えっ」

 古屋の言葉に怜は軽くショックを受ける。

「おや。余程ショックだったんですねぇ。すいません、情報は正確にお伝えしないといけないと思ったものですから。でも、大丈夫ですよ」


「そんな薄情な相棒のことなんて、すぐ忘れられますよ」

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