第5話

「やっほー弐沙! 遊びに来たよ!」

 玄関を開けると金髪の青年が元気一杯に飛び出してくる。

「……人違いだ、他所をあたってくれ」

 弐沙は無表情のままドアを閉めようとすると、青年はちょいちょいと扉の間を割ってはいる。

「夏陽(なつひ)のことを忘れたとは言わせないぞー!」

 夏陽と名乗った青年は力一杯ドアをこじ開けて玄関へと入る。

「一沙(いりさ)、いい加減コイツを連れて来るのはやめて欲しいのだが。煩くて仕方がない」

 夏陽の後ろに居た白衣姿の青年に弐沙は苦情を申し入れる。

「一応、彼は僕の助手ってことになっているからね。それに久々の回診だから、弐沙に会えて嬉しいのさ」

「そうそう。かなり久々だからねー」

 ねー。と、夏陽と一沙は互いにニコニコしながら話を合わせる。

「何が久々に会えて嬉しい、だ。私は全く嬉しくない」

「まぁまぁそう言わずに。今日は回診で家に来たのだから大人しく診させてもらうよ」

 そういうと夏陽と一沙の二人は玄関から上がりこみ、手馴れた様子でリビングへと向かう。

 リビングはがらんと静まり返っていた。

「やけに静かだと思ったら、怜の姿が見えないじゃん。何処へ行ったの?」

 怜の姿が無い事に気付いた夏陽が弐沙に問う。弐沙はそ知らぬ顔をして

「さぁな。何処か出掛けたんじゃないか? 私は知らない」

 と答えた。

「いや、その顔は絶対知っているやつだ、一沙もそう思うだろ?」

「そうだな。弐沙が嘘を吐くときは大体涼しげな顔で右下を向くのがクセだからな。その発言は明らかに嘘だ」

 弐沙の言動を既に把握している二人にとっては、コレぐらいの嘘を見破るのは朝飯前といったところだった。弐沙の視線がおよぐ。

「大人しく白状しないと、自白剤とか飲ませちゃうからな」

 夏陽は自分の鞄から何やら怪しい黒い液体を取り出して、弐沙に突きつける。ソレを払いのける弐沙。

「そんな得体のしれないものを用意するな。……全く。診察ついでに話そうか」

 ため息を一つついて、弐沙は二人に事の経緯を話し始めた。


「……ということだ。ただのケンカだ、何も心配することは無い」

 怜との間で起こった些細な喧嘩の内容を二人に話し終わると、外していたボタンを再び留め、リビングのソファにうなだれるようにして腰掛けた。

 夏陽はその話を興味津々な様子で聞いており、反対に一沙はあまり興味のなさそうな顔で聞き、最後にはふぅんとだけ声を漏らす。

「それにしても弐沙と怜がケンカするなんて珍しいよなー。いつも、仲が良いっていうか、ラブラブっていうか、そんな感じだと思ってたのに」

「誰と誰がラブラブだ。最初から性格等で馬が合わない」

 夏陽の発言を弐沙が即座に訂正する。

「馬があってなかったの? 俺は結構仲良く見えてたけどなぁー、凸凹コンビって感じだったし。一沙もそう思うよね?」

「ん? まぁ、性格はかなり違う二人だからねぇ、そういうケンカもたまには起こっても不思議じゃない」

「そういうもんかなぁ」

 二人が談議をしている中、ピンポーンと玄関のチャイムが鳴る。

「来客の予定はないんだが?」

 面倒くさそうに弐沙が立ち上がり、玄関へと向かうと郵便配達員らしき男が『郵便です』と一通の白い封筒を弐沙に手渡して去って行った。

 弐沙は手渡された封筒をみると切手も消印もない封筒で、【弐沙へ】と印刷で書かれた字だけが見える。

 そんな“オカシな”手紙を持ってリビングへと戻る弐沙。

「何? 何か届いたの?」

 弐沙が帰ってくるなり、夏陽は弐沙が持っていた封筒を見る。

「弐沙へって書いてあるから怜からじゃない? 開けてみなよ」

 夏陽にそういわれ、弐沙は机の上に置いたあったペーパーナイフで封筒を開けると、一枚の便箋が折りたたまれて入っていた。その便箋にはコレもまた機械で打ったような字で、


『俺は元気だから心配しないで、探さないでくれ』


 と一文だけ書かれていた。

「まるで失踪するみたいな予告文だねぇ」

 その便箋を夏陽がまじまじと眺める。

「そうだな。全く何処を彷徨っているのやら」

 弐沙はその手紙をやれやれという顔で読み、元のように折りたたんで封筒にしまった。

「弐沙はこんな手紙を怜が寄越してきて心配じゃないの?」

「……全然、全く。何故、私がアイツのことを心配しないといけないのか」

「えー。普通こんな手紙が来たら心配しない?」

「私はからな。全く心配しない」

 夏陽の言葉をピシャリと否定する。

「んー、これだから古臭い人間はいやなんだよ」

 何を言っても弐沙には響かないと判断した夏陽はやれやれと首を軽く横に振った。

「これが弐沙らしいっちゃらしいからねぇー」

 その一部始終を眺めていた一沙は呑気にそんなこと言い放つ。

「誰がこんな性格にしたのか忘れたわけではないよな?」

 一沙の言葉にピクリと反応した弐沙は一沙に文句を言う。

「弐沙、キミは元々そういう性格だよ。付き合いは長いからね、よく知っている」

「フン、よく言う。というか診察はとっくに終わったのだし、さっさと帰った帰った」

 弐沙はそう言って二人とグイグイと玄関の方へと押し出し、まるで追い出すような仕草をする。

「え、まだ怜の行方とか気になるじゃん!」

 夏陽はまだ怜の動向が気になるらしく、必死に抵抗しようとするが、なかなか弐沙の押し出す力には叶わなかった。

「夏陽、とりあえず今日はお暇することにしよう。また後日来たら弐沙は話してくれるかもしれないしねぇー」

「えー、もっと面白い話聞きたいのにー。ま、いっか。次来るとき洗いざらい話してもらうからなー」

 夏陽は一沙の言葉を渋々受け入れる。

「暫く来なくていいからな」

 弐沙は二人にそう念を押すが、どうやらその要望は却下されそうである。

「とりあえず、定期診察は良好そのものだよ。まぁ、ムリをしないことに越したことは無いね。いつ何時衰えたりすることもありえるかもしれないからね」

「その言葉そっくり一沙に返す」

 弐沙はそう吐き捨てる。

「それだけ悪態がつけるのなら上々だよ。それでは失礼するよ」

 にっこりと笑って、一沙たちは帰っていった。

「やっと帰っていったか、全く……」

 弐沙はリビングへと戻って再び先ほど手渡された手紙を見る。手書きで書かれていないため、怜本人が書いたものかどうかが判別すら付かない。

 それに普通、郵便は切手に消印が押されているものが届けられるはずだ。しかし郵便配達員の風貌の男はそれすらない封筒を届けて去って行った。明らかに変装した何者かが弐沙に怜からと思わせる手紙を届けたのだ。


 怜は何か事件に巻き込まれているのだろうと、弐沙は頭の中で判断をする。


 そんな中、弐沙の携帯に着信音が鳴り響く。画面を見ると、【古屋】と表示されていた。

「もしもし」

『もしもし、弐沙さんですか? 今どちらにおられますか?』

 古屋は何やら少し焦りが感じられるような声色だった。

「今か? 探偵社に居るが?」

『怜さんはそこにおられます? 今日は頼んでいた護衛の依頼の日なので待ち合わせ場所にいるんですけど、見つけられなくて、もしかしたら日にちを間違えてお伝えしてしまったかな?と心配になりまして』

「……その件なんだが、怜がいきなり昨日から行方が分からなくてな。必死に探しているのだが、今のところ見つかっていない」

 弐沙は古谷に淡々とした調子で怜が行方不明ということに触れる。

『えっ!? それは怜さん大丈夫なんですか??』

 電話先の古屋は驚いた様子だ。

「アイツは丈夫なヤツだから事故とかにはあっていないとは信じたいが、まぁ、行方は注視していくつもりだ」

『そうですか、弐沙さんは怜さんが居なくなって一人で辛くはありませんか?』

「……別に大丈夫だ。寂しいと思う歳でもないからな」

 電話先の問いに弐沙が答えると、暫くの沈黙ののち、

『そうですか』

 と古屋が返した。

『何かお手伝いできることがあったら言ってください。私も出来る限り協力いたしますので。あと、怜さんが見つかるまで護衛の方は大丈夫ですので、それでは』


 ガチャン。ツーツーツー。


 古屋との電話が切れて、再びソファにもたれかかるように座り込む弐沙。

 その視線は何処か一点を見つめていた。


「……気付かないとでも思っているのか。愚かだな」


 弐沙はその一点を見つめたまま、まるで消え入りそうな声でポツリと呟いた。


 ***


「ねぇ、一沙」

 弐沙から追い出されて帰っている途中、夏陽が一沙に訊ねる。

「なんだ?」

「あの二人があんなことでケンカするなんて全く信じられないんだけど?」

「……まだ気になっていたのか」

 夏陽が首を思いっきり縦に連続して振る。

「そうだなー。今回の一件はなかなかリアルでいいんじゃないかなって僕は思うけどねぇ」

「……リアルぅ?」

 夏陽が一沙の言葉に首を傾げた。どうやら一沙の言葉の意図が分かっていないらしい。

「そう、リアル。現実的」

「いや、リアルの意味は分かるんだけど、一沙がリアルって表現した意味が分からない」

 頭から煙でも出そうな勢いで顔を顰める夏陽の様子をニヤニヤとした様子で観察する一沙。

「キミはまだまだ人間を知らな過ぎるねぇ。もっと勉強しないと」

「えー! これでもそこそこ生きているんですが、まだまだですと!?」

「そう、まだまだ。ハッハッハ」

 一沙の言葉にガックリと落胆する夏陽。

「逆に今の今まで些細なケンカをしていなかったっていうのが問題なのさ。それがあの二人は今になって急に人間らしい行動を取り始めたということになる。それがリアルっていう言葉を使った理由」

 一沙は夏陽にそう解説をする。

「つまりは急にあの二人なら“普通だったら”やりそうなことをいきなりやったって……コト?」

「そう。だから、そんな場面を見たことが一度もない我々がその話を聞くと、違和感を覚えるのさ」

「つまりは……あ、そういうことか!」

 夏陽は何かを閃いたらしく、何処となく嬉しそうな顔をし始めた。

「弐沙たち……アイツらは本当に面白いなぁ。いつ見たって飽きない。今度また行ったとき問い詰めてやる」

「まぁソレはこの騒動が落ち着いてからでいいだろう。さて、戻ってから準備の続きをしよう」

 そう言って二人は家路へと戻っていくのであった。

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