第2話
会場を出る、容姿も顔も全く瓜二つの男が二人。
「いやぁ。全てが新鮮だったし、面白かったねー。この国にはこういう隠されたエンターテイメントがまだあったなんてビックリだよ。弐沙(つぐさ)」
「怜は何を見ても新鮮だろ」
陽気に話しかける男と同じ貌をしたもう一人の無表情な男はそっけない返事をする。
「もう、弐沙はつれないなぁー。で、この舞台はなんていうの?」
「講釈……、いや、今の時代だったら講談と呼ぶのが正しいか。歴史の武勇伝や物語を独特の調子で語っていくという演芸だ」
「へー、講談って言うのかー。凄く迫力があって楽しかったよー。で、これからどうするの? 俺にコレを見せにわざわざ足を運んだわけじゃないんでしょ?」
「あぁ。これから今回の依頼人のところへと向かう。そろそろ約束の時間だ」
弐沙は自らの腕時計で時刻の確認をする。
「依頼人って誰?」
「それはさっきまで舞台の上で饒舌に講談を話していたあの男だ」
弐沙からそう言われて、怜がしばし考え驚きの表情を示す。
「え? そうなの?」
「近々公演があるからそこで依頼と伝えると依頼人がチケットを私たちに寄越してきた。終了次第控え室で待っていると連絡もあった。ホールの関係者入り口へと向かうぞ」
弐沙は人流とは逆方向へと歩き始める。
「りょーかーい。ところでさ、弐沙」
弐沙の後ろをニコニコ笑いながらついて行く怜が後ろから話しかける。
「なんだ?」
「あの舞台で話していた内容。俺、何処かで聞き覚えある気がするんだよねぇー。気のせいでなければ」
「……」
怜の言葉に弐沙は無言で足を止める。
「ね? 弐沙もそう思うでしょ?」
「……気のせいだろう。この手の話は講釈ではよくある話だ」
「本当にそう思っているだけ? 薄々、弐沙も分かってて気になっているんじゃない?」
「……変な憶測なんてするな。置いていくぞ」
弐沙は呆れた顔をすると、依頼人が待つ場所へとスタスタと歩いていく。怜は慌てて、一生懸命弐沙に追いつこうと走っていった。
弐沙と怜の二人は依頼人に指定されたように会場の裏へと回る。そこにはイベントスタッフと思われる男性が一人立っており、中へと入ろうとする弐沙たちをすぐさま制止した。
「すいません、こちらは関係者以外立ち入り禁止となっていますので入れません」
「すまないが、ココに居る依頼人から指定されているんだが」
「すいませんが、用事があってもパスが無いことには規則で中にお通しすることが出来ないんですよ。申し訳ありませんが」
男性スタッフは本当に申し訳なさそうな顔で弐沙たちに謝罪をする。
「どうするの? これじゃ入れないよ」
「弱ったな、約束の時間になってしまったのだが」
弐沙は時計を見ながら弱ったような声を出す。
その時、扉の先で声が聴こえた。
「あー、すいません。スタッフさんに伝えるのを忘れてました」
通用口の扉が開くと、先ほどまで舞台上で饒舌に語っていた和服姿の男が出てきた。
「あー、この人たちは私がお招きした人たちです。通行証も貰ってきたので、どうぞ私の楽屋まで来て下さい」
そう言って和服の男は弐沙たち二人に通行証を手渡す。それを男性スタッフに見せて、二人は関係者専用入り口から入館した。
和服の男に連れられ、楽屋という名目の控え室へと通された。
「すいませんね、忙しくてお二人さんの案内が後手後手になってしまって。椅子に座ってください。今お茶出すんでー。そこの茶菓子もご自由にどうぞー」
「わーい。美味しそうなお菓子ばかりだー」
着席して早々、怜がウキウキ気分で茶菓子に手を出すのを弐沙が急いで止める。
「はしたないだろ?」
「構いませんよ。私だけじゃ食べきれない量なので、なんならお包みしますし」
その言葉に怜の表情がパッと明るくなった。
「ありがとうございます!」
「全く。怜ときたら」
「それほど喜んでくれて何よりです。はいお茶どうぞー」
依頼人の和服の男は二人に湯飲みに入ったお茶を差し出し、対面で着席した。
「探偵社Worstの弐沙だ。こちらは助手の怜という」
怜がペコリと頭を下げる。
「どうも、初めまして。私の名前は古屋進一郎(ふるやしんいちろう)と申します」
そういって古屋は名刺を弐沙に渡す。それをチラッと横目でみた怜が驚く。
「あれ? 舞台での名前と違う。舞台ではもっと、カクカクした名前だったような」
「アレは芸名です。講談では古屋乃助(ふるやのすけ)という名前でやっています。そういえば、コチラのほうから送らせていただいたチケットで演目を見てくださったのですね。どうでしたか、講談は?」
「すっごく、面白かった! 初めて見たけれど、扇子が効果音の役割をしていてリズムよく聴く事が出来たよ。もっと日本で行うこういうものって物静かなイメージがあったけれど、こういうダイナミックなものもいいよね!」
怜が若干ハッスルしながら講談の感想を古屋に伝える。
「それそれは嬉しい感想をありがとうございます。扇子というのはこれのことですね?」
古屋は懐から扇子みたいな物体を取り出す。
「そう、それそれ」
「これは、張り扇という講談で使う大事な道具ですね。コイツで机を叩けば……」
パシン。
控え室には破裂音のような音が響き渡った。
「このように音を鳴らすことが出来ます。これで音を出して場の強弱をつけるのですよ」
「すっごーい。そう思わない弐沙!」
張り扇を実演してもらい、興奮が抑えられない怜は弐沙の肩をガンガン揺らしながら訊いてくる。それに成すがままにされている弐沙。
「怜、いちいち反応が子どもすぎるぞ。ところで、今回の依頼内容について聴きたいところではあるが、その前に一つ訊ねたい」
「はい、私の分かる範囲のことであればお答えいたしますよ」
ニッコリと古屋が笑う。
「本日行っていた演目だが、他の講談師がやっているのを見たことが無い。コイツとは違って私は多少なりにも講談の演目をいくつか知っているが、過去の講談を思い返してみても今日のような講談の演目は知らない。かなり現実離れしている内容ではあったが、出典元は何処から得たものだ?」
弐沙の言葉に古屋は笑いながら話を始めた。
「私は昔から行われている演目とかはどうも苦手でして、自分が調べた文献を基にした創作講談を演目として取り入れております。今回やった内容も昔文献で見たものをベースとして作っているに過ぎませんよ。いつに調べたものかというのは家に戻れば分かると思いますが。それが何か?」
「そうか。なに、知り合いに似たような話をしていたヤツがいたんだだが、浮世離れしている珍しい話だったもんで、ぜひとも文献の出典を知りたいと思っていてな」
「では、今度調べてお送りしますね」
「大変有難い。では、本題に入るとしようか。今回の依頼の内容は何だ?」
「今回お二人をお呼びしたのは、私の護衛任務を頼もうと思いまして」
古屋はそう言ってお茶をすすった。
「護衛任務? 誰かに命でも狙われているのか?」
「いえいえ、そんな大層なものではありません。ただ最近メディアに出ているせいか、押しかけているファンが結構いて、それはやんわりと制止していただけるくらいで大丈夫ですよ」
「へぇー、結構人気者なんだね」
怜は目の前に置かれていたクッキーの個包装を見ながら言う。
「私の年齢が若いだけというだけですよ」
「制止するだけなら、警備会社などを個人的に雇うくらいで事足りるはずだ。どうして私たちWorstの二人を呼び出した? これでも知名度は全くないと自覚している探偵社なのだが、そんな私たちになぜそのような依頼を出す?」
「貴方たちのご活躍はかねがね知人から聞いているもので。かなりの評判だとか」
「評判なんて特に何をしたってワケではないから、無いに等しい。私たちは”普通の人間”だからな」
弐沙もお茶を口に含む。
「それにしても普通は一体何処までが普通なんでしょうね?」
「……どういう意味だ」
古屋の問いかけに怪訝そうな顔をして弐沙が問う。
「『普通』という言葉は魔法の言葉です。それだけで様々な線引きが出来てしまうし、言葉にするだけでそのものが普通になってしまう。だから、普通というものはこの世に既に存在していないのかもしれない」
「それは説教か何かか?」
「単なる小噺の一つですよ。こういう仕事をしていると、どうしても言葉の一つ一つが気になってしまう性質でして。弐沙さんたちは博識みたいなオーラがあるからじっくりとお話してみるとさぞかし楽しいでしょうねぇ?」
そう言って古屋はチラッと怜のことを見た。
「話し相手になるのは別にいいが、生憎私のほうは肉体仕事の護衛任務には不適格でね。この件については怜のみが依頼を担当するということで良いだろうか?」
「そうですか。そういうことなら、怜さんにおまかせしようと思います。よろしくおねがいしますね」
古屋は怜に手を差し出して、握手を求める。怜はすかさずそれに応じた。
「契約成立ですね。また追々護衛して欲しい時間帯とかをご連絡しますので、今日は一先ずこの辺で、外までお送りしますよ。あ、この茶菓子は自由に持ってってください」
古屋が紙袋に茶菓子をいれ、怜に手渡す。
「やったー。ありがとうございます」
「いえいえ。これから助けていただくので、よろしくという意味を込めてですよ。さ、外へ出ましょう」
古屋の案内で再度入り口へと向かうと扉の先が何やら騒々しい。
『だから、乃助さんに会わせてくださいよー』
『規定で一般の人は入れないんですって。お帰りください!』
『本にサインを貰いたいだけなんです。すぐ終わるんで』
『それでも、駄目です。お帰りください』
何やら言い争いが始まっていた。古屋がハァ……とため息をつく。
「もしかして、コレが押しかけてくるファン?」
「どうやらそのようです」
古屋が扉を開けると、古屋の姿を見たカジュアルなスール姿の優男が目を見開いた。
「乃助さん! 会いたかったんですよ!」
飛び掛ってくる優男を怜が急いで制止した。
「コラッ。そんなに飛び掛ると危ないよ」
「乃助さん。サインください!」
優男は古屋の顔が載っている本をブンブン振りながらアピールをする。
「あー、はいはい、サインですね。分かりました。お二人ともすいません、この方への対応をするので私はこの辺で失礼します」
古屋はそう謝罪を入れる。
「私たちは別に構わない。また連絡をよろしく頼む」
「分かりました。さ、サインはあちらで書くので……」
そう言って古屋はファンの男と共に奥のほうへといってしまう。
「さて帰るぞ」
「そうだねー」
弐沙たちも来た道を引き返す。
「怜はあの男をどう思う?」
帰り道、ボソッと弐沙が呟いた。
「あの男って依頼人のこと?」
「そうだ、どう感じた?」
「そうだなぁ……。なんだか一般人っていう風ではなかったよね。オーラの違いかなぁ?」
しばし考えた後、怜はそう答えを出す。
「依頼を受けていてなんだが、あの男には注意したほうがいいな」
「その根拠は? やっぱり、講談の演目が気になった?」
「それも一つあるが、そもそもこんな瓜二つの顔だって言うのに、双子という話題すら出してこなかった」
弐沙と怜は顔や髪型、服装まで全く一緒で、普通の人には一卵性双生児のような感じに見えるだろう。過去に彼らに依頼を出してきた依頼人たちは一様に彼らに対して『よく似ている双子なんですね』と言ってくるくらいであった。
「アイツは私たちのことを双子ではないという事実を知っている可能性がある」
そう。弐沙たちは全く血も繋がっておらず、全くの他人なのである。
正確には、弐沙の顔を怜がコピーしているのであるが。
「そういえば、俺たちの顔の話題には一切触れてこなかったね。あやしー」
「古屋に私達のことを吹き込んだ知人というのも気になるな。そこらへんも注意しておいた方がいいだろうな」
「肝に銘じておくよー」
そんな会話をしている二人に拡声器の声が突如響き渡った。
『半月ほど前に行方不明になった、池崎真(いけざきまこと)さんを探しています!』
『夜にコンビニへ買い物に言ってくるといったまま、行方がわかりません!』
『ご家族の方が真さんの帰りを待っています』
『何か情報をご存知の方は下記の警察署まで……』
音声のほうを見ると、其処には十人ほどの市民が必死に沿道でビラ配りをしている姿が目に入る。
「人探しのビラ配っているみたいだね」
「そうみたいだな」
「最近、行方不明事件が多いから心配だよね」
「……そうだな」
必死にビラを配っている人々を後ろ髪引かれつつ、弐沙たちは帰路を急ぐのであった。
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