忌れ物

黒幕横丁

第1話

 舞台に一つのスポットライトが点る。

 ソレが合図とばかりに会場からは割れんばかりの拍手が響き渡る。その拍手の音を縫うように、羽織姿の男が一人。大舞台にゆっくりと腰掛ける。

 ふぅと息をはいて、自らの前に置いてある長机を長細い布状の扇子のような物体で叩くと、パンッと威勢のいい音が響いた。

「昔の刑には今の罰則よりも多種多様だったそうで、時代劇でもよく見る市中引き回し、切腹、磔、酷いものなんて一般市民たちが見ている中で切り取られた首を街中で晒されることなんかあったそうです」

 男はテンポ良くセンスと大きい扇でパンパンと台を叩きながら話を続けていく。

「また、このような死罪を免れたとしても、江戸から千里離れた場所に追放される江戸千里四方追放、家に帰ることの出来ない所払い、島流し、手錠で監禁などの罪もあったそうな」

 タンッ。と男はここ一番のところで大きな音を鳴らす。

「それだけありとあらゆる犯罪とそれを罰する刑があふれていた世、とある男もまた罪を犯し、生まれ育った故郷を追放され、犯罪者たちが生活する山奥の村へと送り込まれてしまったのであります! しかも、男にはその罪を犯したという覚えがまるで無い。そうっ! つまりが現代でいうところの冤罪だったのです」

 男の机を叩く調子がだんだん強くなっていく。

「どうして俺がこんな村で生活しなければならなんだ、と男は、それはもう心の其処からこの世の中を恨む日々が続いたそうな。そんなある日」

 パンと舞台に破裂音が響く。

「男の耳に何処かからこんな声が聴こえてきた」


『そんなに世の中を恨んでいるのなら、ここは一つ、この私と賭け事をしないか?』


 舞台に座った男はまるで誰かに囁きかけるかのように声を潜めて話し、扇子のような道具を二度叩くとまた声色を戻す。

「男はその声を聴いて大層驚いた。何処かから自分に賭け事を誘う声がすると。普通なら恐れおののいてその場から逃げるようなものだったが、男は断じて逃げなかった。しかも男は『何をすればいいんだ?』と何処から発せられているか分からない声の誘いにのったのだ。声の主がいうには、この村に十日間次々に人が死ぬ災いが起こる。その災いの原因を十日間以内に突き止めろ。そうすればお前の願いを叶えてやろうと」

 舞台上の男は声色を使い分け、まさに会話しているように演じてみせる。

「罪無き男がその誘いにのった次の日、村にとある手紙が貼られていた。【この罪に塗れた村を粛清しにやってきた。これから十日間、私はお前たちの罪を裁くだろう。この村に紛れ込んでいる、私、神を暴けば命だけは助けてやろう】と。それを見た男は驚いたことだろう。まさか自分に賭けを申し出た声の主が神だったなんて思いもしなかったのだ。しかし、誘いにのったからには挑まねばならない。男は意を決しその挑戦に挑む。そして災いが始まった」

 一日目! 二日目! 三日目! 四日目! 日を追うごとにどんどん村の人間は何者かの手によって消されていく! 五日目! 六日目! 七日目! 村にはそのことを恐れるものばかり! やれ八日目! 九日目! と男はリズミカルに扇子を長机に打ち付け、時間の経過を表現する。

「そして、ついにやってきた十日目。最初、手紙が貼り付けられていた場所には、【さぁ、暴け】という文言のみが記されていた。男はゴクリと息を呑み、ゆっくりと目の前に立っている青年を指差した。彼は男と年齢も近く、唯一の友人だった」

 男もそのセリフに倣い、ゆっくりと客席に向かって指を指す。

「災いの原因はお前だな?」

 その声色は客席にいる誰かに向けて言っているかのようでもある。

「その言葉に青年は男に向けてニコリと微笑みかけ、正解だと答えた。青年は無事答えを言い当てた男にとある贈り物を送った。それは」

 ここでパンパンと調子よく音が鳴らされた。

「永遠の命という贈り物だった。叶えられた願いは死ねなくなったということに戸惑う男を他所に、青年は、それで一生この世を恨んでおくれと言い残し、姿を消したそうな。誰もいなくなってしまった罪人たちの村、そこに残されたのはたった一人の不死の男。男は心底落胆した気持ちを抱え、村を出て行ったそうな」

 物語をしめるかの用に扇子が鳴らされる。

「男は今でも生きていて、もしかしたら貴方の傍にいるかもしれないし、案外私の今の講釈を聞いてうんうんと大きく頷いているのかもしれない。それはもしかして……、おっと、良い頃合いとあいなりました。本日は誠にありがとうございました」

 扇子を二度叩き、男は深々と客席に向かって一礼をする。客席からは再びわれんばかりの拍手が巻き起こった。その音に身を包まれながら、男は舞台袖へとはけて行った。


 それを合図として、スポットライトはパッと消灯して、舞台は幕を下りる。


 まだ、観客の拍手は鳴り止まなかった。

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