二 遡上
この冷たい風は、どうやら北から来てるみたい。まだまだ冬なのかしら?
彼女は川を遡上する魚のように、風と言う流れに逆らいながら、北へ北へと歩いていた。この先に都会があるのだ。都会には色んな人がいる。
彼女の趣味は人間観察だ。良くないことと分かっているが、彼女の性質で、すぐに分かってしまう。すれ違う男の、彼女に対する卑しい恋心。すれ違う女の、彼女に対する純粋な憧れ、または醜い嫉妬。大体がこんな感じらしいが、時偶、これの規格外が居て、そう言う人を発見したら、保身のために走って逃げるそう。
この寂しい通りには人が居ないので、その性質を発揮する場面は無いのだが、偶に微かにそう言ったものを感じる時がある。これが、この冷たい住宅街の、唯一の温もりだと彼女は考えている。
見えない桜のトンネルを、私は一人歩いている。見えない桜の花たちは、私に早く見せたいと、春の温もり探してる。
きっと、そうなんだろうな。北風さん、早く止んで。私の好きな季節を早く。
まだ開かぬ蕾の幾つかは、もうすぐ春を覚えようとしていた。彼女が気付いていないだけで、桜の木は開花の季節を分かっているのだ。彼女も桜も北風に身を縮こませているが、これは刹那である。やがて、春の陽気に包まれる日が来る!その時、彼女の心は今よりずっと明るくなっているはずだ。
『ニャーオ』っと近くに声が聞こえて、まさかと思って辺りを見渡すと、塀の上から野良の三毛猫が一匹こちらを睨みつけていた。その鋭い眼光は威嚇をしているようにも、下賤な男の眼差しのようにも見える。すぐに下へ行って手を近付けてみると残念、逃げられてしまった。でも、この住宅街で生き物と出会ったことは何だか嬉しいことに思えてくる。
誰もいないと思っていた街で、目に見える形として、猫が塀の上に現れてくれたの。もしかしたら、この街にはとんでもない数の化け猫がいて、人に化けて暮らしているけど、その姿があまりに不完全なので目の前に現れない。何てことがあるのかな?
彼女はこんな突飛な空想を思い付いた。これは、この街の静かさへの合理化に他ならない。彼女自身それを理解しながら、その空想を信じている。虚構を信じる彼女は、相変わらず美しかった。
やがて、都会に出られた。彼女の知っている通り、都会には色んな人がいた。話し掛けてくる人、規格外の人。それに危険を感じて走ったり、ここは決して彼女にとって安全な場所では無かった。しかし、自然と出向いてしまうという。
都会にも北風は吹いていた。ビル風かも知れない。しかし、そんなことは、彼女が気にすることではなかった。ただ、寒い風に吹き荒ぶられながら、多くの人と一緒に、いつかくる春の陽気を待っていたいのだ。
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