或る少女の話

江坂 望秋

一 桜花

 風に煽られて、生き物みたい。耳を横切る風の音は、その生き物の叫び声なのかな。きっと、私を淘汰せんと、意気込んでいるのだろう。


 彼女は玄関横の桜の木を見上げて、そう思った。春の日差しは遮るものなく暖かいはずなのに、風が強い。だから、長袖の上下を来て、首にはマフラー、両手はズボンのポッケへと突っ込んでいる。風で髪が吹き上げられて、ぐちゃぐちゃになってしまった。自室へ戻って、髪を整える。そして、ニット帽を被ってもう一度出たが、彼女の長髪は、また風に吹き上げられた。後ろから見たらやかましく見えるが、彼女自身はあまり気にしていない様子で、まだ開かない一番近くに見える蕾を眺めていた。


 まだまだ寒いよね。でも、もうすぐ暖かくなるから。


 彼女の家は二階建ての一軒家。冷たい住宅街のもっと冷たい場所にある。彼女は隣の住民を知らない。(乗っているところを見たこと無いが)車はあるし、庭の物干し竿には洗濯物が掛かっていることが多くあるので、居るには居るのだろうが。

 そして、どの家にも一本、桜の木が植えられている。春になると前の通りが、ぱぁっと明るく鮮やかになる。彼女はその季節が大好きだ。何せ、彼女はその季節に産まれたのだ。運命だとまで思っている。

 彼女の名は『桜』。名前の通り、容姿端麗で、人当たりも柔らかい。性格は明るくて、悩みなど抱えていそうにいない。まだ十六歳ながら、大人の風貌をしている。「飛ぶ鳥を落とすような美人とは、彼女を含めてただ二人だけだ」と言う男もいる。男は皆、彼女と向かい合えば恋慕してしまうのだ。

 しかし、彼女はまだ異性とのお付き合いはしたことがない。昔は何度もお付き合いを申し込まれたが、すべて断って、それが何年も続いて、今では『既に相手がいる』と噂されてしまっている。勿論、そう言った異性の存在を拒絶している訳では無いのだが、彼女には彼女自身気付いていない傲慢な姿勢があって、今の状況はなっていると思われる。

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