第94話 お披露目
◆氷花side◆
寝室で八ツ橋くんの着替えを待ちながら、彼のベッドに腰を掛ける。
ベッドが軋み、彼の匂いがふわっと鼻腔をかすめた。
あぁ……まだ緊張する。何度もこのベッドで寝たのに、八ツ橋くんの濃い匂いは私の感情を揺さぶって来る。
当然か。この年齢になるまで、男性の友人どころか知り合いもまともにいないのだし……。
心臓が高鳴るけど、嫌な高鳴りじゃない。不思議と受け入れられる。
今日だって……春風会計から、メイド服の衣装合わせをすると聞いたのは本当だ。でも手伝おうと思ったのは、私からだった。
「なんで、そう思ったのかしらね、私は……」
今日、八ツ橋くんがみんなの前でメイド服の試着をすると聞いた時、モヤっとした感情を持った。
恥ずかしくて着れなかったと聞いた時、なぜか安堵した。
同時に……誰よりも最初に見たい、と思った。
そっと息を吐いて、天井を見上げる。
私がこんなに彼について考えちゃうのも、八ツ橋くんが薔薇園さんに私のいいところを列挙した時からだ。……盗み聞きしてしまった私が悪いとは言え、彼が私のことをあんなに見ているとは思わなかった。
扉の向こうにいるであろう八ツ橋くんを見て、また息を吐く。
今のため息は乾いたものではなく……どことなく、熱を帯びていた。
自分の体の熱が上がるのがわかる。風邪ではない。この感覚は、前にここで寝た時と同じものだ。
いったいどうなってしまったのだろう、私の体は……?
「雪宮」
「ッ! ……な、何かしら」
突然扉の向こうから声を掛けられ、思わず声を上げてしまいそうになった。あ、危ないわね……声を掛ける時は、声を掛けるって声を掛けてから声を掛けなさい。
……何を言っているのかしら、私は。
「あー……いや、その……着替え終わったぞ」
「そ、そう。今行くわ」
「ま、待て。まだ心の準備ができて……!」
「どうせ見るのだから、できていようができていまいが関係ないでしょう」
ベッドから起き上がり……ついてで部屋の鏡で少し前髪を整えて、寝室とリビングを繋ぐ扉を開けた。
――天使がいた。
黒く、長い髪の毛は夕日に映え、思わず撫でたくなるほど艶やか。
長袖の黒いワンピースは、パニエを付けているからか、腰から外に掛けてなだらかに広がっている。
白いエプロンは腰で巻かれていて、胸の横から伸びる肩紐にフリル、腰には大きなリボンが付いていた。
頭にはフリルのカチューシャ。首元には緑色のブローチ付きのスカーフと、小物まできっちりしている。
恥ずかしそうに体の前で指をもじもじさせながらも、真っ直ぐ立っている姿は本物のメイドのようで……思わず、魅入ってしまった。
「ど……どうだ……? 俺、どこもおかしくない……?」
「……ぇ、あ……え、ええ。すごく似合っているわよ」
「それはそれで複雑」
とか言いながら、なんとなく満更でもない表情を浮かべる八ツ橋くん。
本当……驚いた。声を聞かないと、八ツ橋くんだってわからない。元々中性的な顔つきだと思っていたけれど、衣装一つでここまで化けるだなんて思ってもいなかった。
……けど、それ以上に目を引くところが……一つある。
「八ツ橋くん。……その胸、何?」
「みみみみ見るな! ここだけは見るなぁ!!」
自身の
そう、胸……胸があるのだ。しかもかなり大きい。黒月さんと同じか、それ以上のものを持っていた。
それを強調するように腰の下でエプロンを巻いているものだから、ワンピースのボタンが今にもはじけ飛んでしまいそうだった。
「俺だってこんなのつけたくなかったんだよ……でも誰かがみんな平たいとつまんねーとか言うし、じゃんけんで負けた奴はこれを付けることになって……」
「で、あなたが負けたのね」
恥じらい、涙目で頷く八ツ橋くん。
どうしよう。私より大きな胸で腹が立つのに……今の八ツ橋くん、すごくそそる表情をしているわ。
……って、何を考えているのかしら、私は。
軽く頭を振って、邪な考えを外に追いやる。
「そ、それじゃあ、メイクの方もしていきましょうか」
「これ以上俺を辱めるのか……!?」
「何を言っているのよ。どうせ数日後にはお披露目するんだから、今やろうと後でやろうと変わらないわよ」
「くっ……もう好きなようにやってくれ……」
意気消沈している八ツ橋くんを見てまた別の感情が浮かんだけど、それは置いといて……今はしっかり、メイクをしてあげなくちゃね。
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