第92話 一難去ってまた一難
俺まで気まずい雰囲気のまま午後の授業に突入し、そのまま時間は流れて放課後となった。
教室にはいつもはいない男装チームと、ジャッジをするために被服・キッチン担当も残っていて、意外と手狭になっていた。これじゃあ、満足に動くこともできないな。
教室にやってきた春風さんと紬さんが、何やら天盾さんと話している。多分勝負について詳しく話しているっぽい。
いろいろ話し終えたのか、天盾さんが教室の前に立ってみんなの注目を集めた。
「ほ、本日はお集まりいただき、ありがちょ……ありがっちょ……ありがどうございましゅ……ます」
緊張しているからか、噛み噛みだ。頑張れ、頑張れ天盾さんっ。
「朝の一件があり、本日は女装チームと男装チームのお給仕勝負となりました。わ、私たち被服・キッチン担当が勝負のジャッジをします。そ、そして、更に厳密な採点をしていただくために、春風さんのお家のメイド、紬さんに総合判断をしていただこうかと思います」
天盾さんの言葉に紬さんが前に出て、膝を折って少しお辞儀をする。
俺もこの三週間、死に物狂いで練習してきたからわかる。やっぱりプロのメイドというのは、一挙手一投足が洗練され過ぎていて、隙という隙がまったくない。
立つ。一歩前に出る。お辞儀をする。この三つの動きだけで、格の違いを見せつけられている気分だ。
「紳士、淑女の皆様。僭越ながら、今回の勝負はわたくしが総合的なジャッジ、講評をさせていただきます。本日はどうぞ、よろしくお願い致します」
「「「よろしくお願いします」」」
紬さんに対し、俺たち女装チームも流れるようにお辞儀をして返す。師弟の関係が染みついて、癖になってんだ。
と、その時。小谷さんが手を挙げ、一歩前に出た。
「失礼。あなたは、女装チームを教えている立場の方ですよね? それで公平なジャッジができるのですか?」
「ご安心を、小谷様。末席ながら、わたくしはプロ。――手を抜くつもりは、毛頭ございません」
うん、知ってる。本当に手を抜かないんだもん、この人。
そのことを知っている俺たちは、紬さんから目を逸らす。あ、背中に汗が。
紬さんの本気が伝わったのか、小谷さんは黙って引き下がった。それが賢明だよ、小谷さん。
「それでは、会場の準備を致します。皆様は、今しばらくお待ちください」
と、紬さんと他のメイドさんが、教室をセッティングしていく。
その間に、雪宮と黒月が俺のところにやって来た。
「八ツ橋くん。今回私と黒月さんは、見ているだけだから。生徒会長として、ちゃんとやりなさい」
「頑張ってね、はづきち。お手伝いはできないけど、応援してるから。えいえいおー、だよっ」
「まあ、ほどほどにな」
2人らしい声援に肩を竦めて応える。こんな勝負でも、美少女2人から応援してもらえるのは嬉しい。なんだかやる気が出て来た。やっぱり美少女ってすげーな。
雪宮と黒月と話していると、いつの間にか教室のセッティングが終わっていた。2つの机を対面でくっ付け、白い布を被せた、簡易的なテーブルだ。それが合計10個もあり、白峰高校の豪勢な教室と相まって、とても学校内とな思えなかった。
天盾さんが前に出て、手にした紙を持ってルールの説明を始めた。
「えっと……まず、席には被服・キッチン担当の男の子が座ってもらいます。本番の接客、お給仕を意識する形で行ってください」
天盾さんの指示に、野郎どもが席に座る。1つの席に1人、もしくは2人が座った。
「ルールは簡単です。実際のお客様を前に、お給仕をしてもらいます。本当はお料理も用意したかったのですが、今回は唐突だったためお紅茶を淹れるだけやってもらいます。それを私たち女の子が採点し、紬さんたちメイドにも総括していただきます」
うんうん。本当、いたってシンプルだ。紅茶を淹れるだけなら、ここだけじゃなくて家でも死ぬほど練習してるからな。鬼のような女神様のダメだしとスパルタで。
まずは女子たち……男装グループが、トレイと紅茶セットを持って教室の前に立つ。
さすがお嬢様たちだ。雪宮と黒月もそうだったが、最初から背筋をちゃんと伸ばせて、微動だにしていない。あれがデフォルトでできるのが、英才教育ってやつなんだろうな。
準備ができたのを見て、紬さんが一歩前に出る。
「それでは、始めてください」
合図と同時に、全員が一斉に動き出した。あ、それまずい――
「キャッ」
「あ……!」
全員がほぼ同時に動いたから、横の人との距離感を見誤ってぶつかってしまった。
当たり前だ。大勢人間のいる場所で動くには、周囲の確認に加えてトレイの大きさや動いた時の角度なんかも頭に叩き込んでおく必要があるからな。
って、やばっ。コケるぞ……!
と考えたと同時に、俺たちも数人が咄嗟に動いた。倒れそうになる女子を支え、カップやポットを落とさないようバランスを取る。
自分でもわかる。数週間前とは比べ物にならないほど、スムーズに動けた。
隣にいる淳也も、自分の動きに目を見張っている。だよな、そうなるよな。
「っと……小谷さん、大丈夫か?」
「……ぁ……ぇ、はぃ……ありがとう、ございます」
俺が助けたのは偶然にも小谷さんで、目を白黒させている。昼にいじめてきた相手に助けられて気分が悪いだろうけど、許してね。
なんとか体勢を立て直した全員が、気持ちを落ち着かせてそれぞれの席に紅茶を運ぶ。
傍から見ると、確かに綺麗にできているように見えているけど……ゴスッ。
「うごっ……!?」
「ご、ごめんなさい……!」
何人かは、トレイをそのまま男どもの肩や背中、後頭部にぶつけていた。
トレイは後ろからお客人には見せず、後ろからグラスや食器を出す。というところまでは知っていたようだが、どうすればちゃんとお給仕できるかはわかっていないみたいだ。
そりゃそうだ。執事の動きはいつも見ていると言っても、こういう後ろにいる時の動きは目に入らない。どういう心配りをしているのか。どうすればお客さんや雇い主がよい空間で食事ができるのかを理解していないとな。
……偉そうに言ってますが、俺も3週間前までゴミみたいなお給仕でしたけどね!
その後の紅茶の淹れ方に関しては、さすがお嬢様と言うべきか、完璧だった。何人かはシーツに茶色い染みを作っちゃってたけど。
すべての工程が終わると、紬さんが再び前に出る。
「お疲れ様でした、皆様。続きまして交代して、メイドの皆様。お願いいたします」
「「「畏まりました」」」
紬さんの
それからは早かった。立ち姿。動き出し。距離感。アイコンタクトによる譲り合い。紅茶の淹れ方。撤収。すべてがスムーズに進み、俺たち個人個人ではなく、1つのチームのように動く。
男装チームは悔しそうにしながらも、どこか諦観と羨望のようなまなざしで俺たちを見ている。雪宮と黒月も、当然というようにうっすらと笑みを浮かべていた。
紬さんはいつも通りの微笑みだが、どこか誇らしげな感じがした。
「皆様、お疲れ様でした。どちらが勝ったとは……言うまでもないでしょう」
さすがに男装チームも同じなのか、無言のまま反論しない。女装チームはめちゃくちゃドヤ顔してるけど。いや、そんなドヤっても……まあいいや。俺もなんだかんだ嬉しいし。
天盾さんも勝負がついて一安心したのか、そっと息を吐いて前に出た。
「そ、それじゃあ、ここからみんな一丸となって……」
「待ってください、天盾さん」
と、小谷さんが天盾さんを止め、俺の方を見てきた。……というか、歩いてきた。
「な、なに……?」
「……申し訳ありませんでした、八ツ橋さん。……私たちが、間違っていました」
なんと、謝ってきた。あのプライドの高い、高飛車な小谷さんが……意外だ。
「そ、それと、その……助けてくれて、ありがとうございました。……力強いんですね、殿方って」
彼女がそっと顔を上げると、どこか逆上せたような、上気した顔とうるうるした目で俺を見つめてきた。そ、そんな泣くほど悔しかったの? やめてやめて、俺がいじめたみたいじゃん。
「ま、まあ、同じクラスでも衝突するくらいあるだろう。特に、俺たちはまだ同じクラスになって数ヶ月なんだし……な、みんな?」
……なんだよ、そのジト目は。おいおい、雪宮と黒月までそんな目で……お前らも敵か?
クラスの……というか、小谷さんの妙な空気感に慌てふためいていると、彼女が更に1歩近付いてきた。
「八ツ橋さん、これからは私たちも精一杯頑張ります。淑女として、当日は今日のような恥ずかしい真似は致しません」
「お、おう、そうだな。一緒に頑張ろうな」
「はい!」
ぺこっと深くお辞儀をすると、小谷さんは男装チームの所に戻って行った。な、なんだったの……?
「葉月、土葬と火葬はどっちがいい?」
「今なら樹木葬や宇宙葬も選べるぞ」
「とりあえず赦さねぇ」
「は??」
え、何? わかってないの、俺だけ?
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