第80話 弱いところ

   ◆葉月side◆



「……なあ、雪宮」

「何よ」

「いや、何よって……」

「言いたいことがあるならはっきり言いなさい」



 うん、まあ、言いたいことは山ほどあるんだが。

 とりあえずひとつだけ……。



「なんで俺の横に座ってんの?」



 雪宮を見ると、あからさまに顔を逸らされた。

 さっきからこの調子だ。顔を合わせようともしない。

 いつもは俺の前の椅子に座ってるのに、なんで今日に限って横に……しかも帰ってからも、ずっとこんな感じだし。



「私がどこに座ろうと自由でしょ。前でも、隣でも、後ろでも」

「いや後ろはやめろな?」



 後ろに立たれるとそわそわしちゃうから。

 うーん……なんでこんなに俺の方を向いてくれないのか。

 ……あ、やべ。飲み物出てないじゃん。

 席を立って冷蔵庫に向かう。が、雪宮は絶対に俺を見ない。なんなの、その確固たる意思みたいなものは。



「雪宮、お茶とオレンジジュース、どっちがいい?」

「お……オレンジジュース」

「あいよ」



 雪宮にオレンジジュースのペットボトルを渡すが、顔を逸らしたまま受け取った。

 ちょっと腹立ってきたぞ。おい薔薇園、お前こんなの尊敬してていいのか。


 小さくため息をついて、俺も雪宮と同じ方向を見る。

 と、そこにはちょうど窓ガラスがあり、外の暗さで鏡みたいになっていた。

 ……真っ赤だ。売れたリンゴみたいに、真っ赤になってる。

 口元も緩んでるし、目も潤んでる。

 これは、明らかに……。



「雪宮、熱計れ」

「な、何よ突然」

「いいから、ほら」



 体温計を渡すと、雪宮はこっちをチラ見して脇に挟む。

 待つこと数分。雪宮から小さい声が盛れだした。



「見せてみろ」

「や」

「やじゃない」

「ぁ……!」



 雪宮から体温計を取り上げて、熱を確認する。


『37.8度』


 微熱どころじゃない。完全に風邪だ。



「馬鹿。熱があるじゃないか」

「ち、違っ。これはそういう熱じゃ……ぁっ」

「おっと」



 椅子から落ちそうになる雪宮を支える。

 服の上からでもわかるくらい、体温が上がっている。

 それに、今もぐんぐん高くなってる感じがするし……こりゃ、結構な熱だぞ。



「ま、待ってっ。ちちちち近い……!」

「痩せ我慢するな。一人で立てないだろ、お前。最近いろいろあったし、体力が落ちてたんだよ。今日は薬飲んで寝なさい」



 来週から定期試験だけど、まあ雪宮なら一日や二日休んだくらいじゃ、成績を落とすことはないだろう。

 けど、こんなに体調が悪いんじゃ、部屋に帰すのもな……何かあったら対応できないし……仕方ない。



「雪宮、今日はここに泊まれ」

「え……!?」

「何回か泊まってるから、いいよな? このまま一人にさせるのは心配だし」

「そ、そうだけど、前と今とは事情が……!」

「風邪のことか? 安心しろ。俺はリビングにいるし、変なことはしない。看病もちゃんとやるから」

「そっちじゃなくて、私の気持ち的にというか……」



 気持ち的に? 意味わかんないけど……あ、弱ってるところを見られたくないっていう、いつものあれか?

 まったく、どこまで行っても強情だな、雪宮は。



「大丈夫だって、俺の前でくらい強がんなくても。お前の弱いところも全部受け止めてやるからさ」

「! ……やっぱりあなた、ずるいわ」



 それ、前にも言われたな。俺にずるい要素なんてないと思うけど。

 雪宮は力が抜けたのか、ようやく抵抗しなくなった。



「じゃあ……今日だけ、お願いね」

「ああ。薬と着替えの服持ってくるから、寝てろよ」

「わかってるわよ」



 雪宮はふらふらした足取りで俺の部屋に入っていく。

 キツそうだし、早く準備してやるか。

 解熱剤と水。あとはヒエヒエシートと……俺ので悪いけど、寝間着だな。

 軽くノックするが、中から音が聞こえない。本当に大丈夫なのかよ、あいつ。

 扉を開けて軽く中を見る。



「雪宮、入るぞ」



 …………。

 返事がないな。仕方ない、勝手に入らせてもらおう。

 ……なんで自分の部屋に入るのに、こんなに緊張してるんだ、俺は。

 頭を振って気持ちを切り替え、自分の部屋へと入っていった。

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