第79話 雪宮氷花のいいところ

 薔薇園は腰に手を当て、頑張って胸をそびやかす。

 どうしても自分の方が上だと言いたいらしい。子供が背伸びしてるように見えるだけだが。


 さてと……参ったな。こういうタイプ、苦手だ。

 相手をするには問題ない。会話も成立するから、そこも大丈夫。

 けど、自分の主張を無理に押し通すタイプというか……嫌だなぁ。帰りたい。


 …………。



「あなたにお姉様の素晴らしさをとことん教えて差し上げます。まずお姉様のあでやかな黒髪。癖がひとつもなく、瑞々しい髪には天使の輪が浮かび、遠くからでもわかる漆黒の髪はまるで翼のように美しく……って、何帰ろうとしてるんですか!」

「チッ」



 なんかトリップしてたから、少しずつ距離をとれば帰れると思ったんだけど、無理だったか。



「あー、わかったわかった。雪宮が素晴らしいのはよーくわかった」

「投げやり感はありますが……わかればいいのです」



 俺が折れたのに満足したのか、深く頷く。

 というか、薔薇園に言われなくても雪宮のよさはよくわかってるつもりだ。



「見た目の可愛さは言わずもがなだが、最初は棘のあった声も今は軟化して聞き取りやすいし、歌声も透き通るような気持ちよさがある。規律は守るが思考に柔軟性があって、意外と冗談を言うところも可愛らしいよな。努力家で根性あるし、みんなが見てないところでもしっかりしてる。逆に辛いことを自分の中で溜め込みすぎて、テンパるところが玉に瑕だな。それも最近は周りに頼るようになったけど。猫のことをにゃんこって呼ぶのもギャップがあるし、クールで素っ気ない反面、ちょっとイジるとすぐに不貞腐れるところもいじらしいよな。助けてあげたくなるというか、守ってやりたくなるというか。第一印象は孤高で他者を寄せ付けないって感じだったけど、今は雰囲気も柔らかくなって取っ付きやすくなった。あとふとした笑顔がめちゃめちゃ可愛い」



 すらすらすらすら。雪宮のいいところが、せきを切ったように出てくる。

 俺、意外と雪宮のことちゃんと見てたんだな。まあ夜遅くまで常に一緒にいたら、これくらいは出てくるか。

 少しだけ息を整える。と、薔薇園がぽかーんとした顔をしていた。



「薔薇園? どうした?」

「……な……ぇ……ぁ……?」



 なんだ、もっと言えってか? 仕方ないな……。



「他にも……」

「……ってる……」

「……ん?」



 俯き、ぼそっと何かを言っている。

 身長差も相まって、聞き取りづらい。何を言ってるんだ、この子?



「ぐ……ぬっ……ぬああああああああ!!」



 うぉっ、叫びだした……!?



「知ってますし! 知ってるもん! それくらい知ってますしー! し、知って……知って……ぅ、ぅぅ……!」



 え、うそ。泣きだした!?

 ちょ、こんなことで泣くなよっ。てかなんで泣くの……!?

 急いでハンカチを出して涙を拭う。あーもう、鼻水まで垂らしてるし。



「す、すまん。泣かせるつもりはなかったんだ。で、でも薔薇園も言ってたろ。俺の言った雪宮のいいところなんて知ってるって。なら、泣くことないと思うけど……」

「う……そ、それは……う、うっさいですわ! ばーかばーか! あっかんべー!」



 薔薇園は俺からハンカチをひったくると、廊下を走っていく。

 が、少ししたら振り返り、ハンカチを掲げた。



「ハンカチ、洗って返しますからぁ!」



 律儀に叫び、今度こそ行ってしまった。

 あー……なんだったんだ、いったい? ……ま、いいや。さっさと鍵返して帰ろう。


 カバンを背負い直し、職員室へ向かっていった。



   ◆雪宮side◆



 ……聞いてしまった。聞いちゃった。

 忘れ物を取りにきただけなのに、とんでもないことを盗み聞いてしまった。


 廊下の角にうずくまり、口を手で押えて職員室へ向かう八ツ橋くんを見送る。

 八ツ橋くんが私に気付かなくてよかった。

 今の私、どんな顔してるんだろう……多分、誰にも見せられない顔をしてると思う。


 まさか八ツ橋くんが、あんなに私のことを見てくれてるなんて思わなかった。

 それだけじゃない。あんなに褒めて……ううううっ!



「〜〜〜〜! 八ツ橋くんのくせに……!」



 どんな顔をして帰ればいいのよ、ばか……!

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