第81話 離しがたい想い

 扉を開けると、雪宮は背筋を伸ばしてベッドに腰を掛けていた。男の寝室だからか、妙に緊張してるように見える。



「畏まらなくていいから、楽にしてくれ。熱あるんだからよ」

「そ、そんなことできるはずないじゃない。お、男の人の部屋にいるんだから……」



 だよな。俺も逆の立場だったら、絶対緊張してる。てか、一年間男子校のむさ苦しい中で生活してきた身としては、女子の寝室に入った瞬間に気絶してるに違いない。

 雪宮を寝室に入れるのも、緊張するかと思っていたんだが……なぜか今は、緊張より心配が勝っている。ここ最近、ずっと一緒にいたからだろうか。



「ほら、横になれ。……あ、もしかして布団の匂いとか気になるか? なら、別の何かを……」

「だ、大丈夫よ。これでいいわ」



 慌てて首を横に振った雪宮は、ゆっくりベッドに手をつく。

 錆びついたロボットのようなぎこちなさで布団をめくり、潜り込んだ。



「寒くないか?」

「……暑いくらいよ」



 うーん……顔色は悪くない。でも耳まで真っ赤で、相当辛そうだ。

 まずヒエヒエシートをひたいに貼って、傍に解熱剤と水を置く。後はさっき見つけたゼリー飲料も、枕元に置いた。



「これ飲んで、薬飲んで寝てろ。起きてもまだ辛かったら、病院に行くんだぞ。一人で行けるか? なんなら、ついて行ってやろうか?」

「そこまで過保護にしてもらわなくて結構よ。……もう、あっちに行ってちょうだい。寝辛いわ」



 雪宮は横を向き、頭まで布団を被ってしまった。

 確かに、雪宮の言う通りだ。親しくもない男がずっと傍にいたら、安心して寝てられないだろう。



「おやすみ、雪宮」



 返事は期待せず、ベッドから離れる。

 部屋から出ようとしたその時。もぞもぞと布団が動き、ちらりと目だけを覗かせて来た。



「おやすみなさい、八ツ橋くん。それと……ありがとう。いろいろと……」

「気にすんな。病人に優しくするのは当然のことだろ」

「いえ、それ以外も……」

「……それ以外?」



 はて。俺、何か雪宮に感謝されるようなことしたっけか?

 ……ダメだ。まったく身に覚えがない。普段の飯のことか? でもそれも、最近は頻繁にお礼を言われている気がする。

 雪宮を見て首を傾げていると、より顔を真っ赤にして布団に潜り込んでしまった。



「な、なんでもないっ。もういいわ……!」

「……そうかい」



 変な奴。……あ、それはいつも通りか。

 なんとなく自己完結し、寝室の扉を閉める。

 さーて、雪宮がいない間でも少しでも勉強を続けるか。もしこれで成績が落ちたら、雪宮の雷が落ちそうだからな。

 気合いを入れるために眠気覚まし用のコーヒーを淹れ、再び机に向かった。



   ◆氷花side◆



 ……行った、かしら。行ったわよね?

 布団から顔を出して、部屋に誰もいないことを確認する。



「……ふぅ……」



 上半身を起こし、そっと息を吐く。

 念のために熱を測ってみると、さっきよりは下がったけど熱はあった。

 感覚的に、この熱は風邪じゃないとわかる。じゃあ、なんでこんなに熱が上がっているのかがわからない。



「……こんな状況じゃ、寝られないわよね……」



 心臓がいつもより早く高鳴っていて、寝ようと思ってもう一度ベッドに横になるけど、頭が冴えて寝付けそうにない。

 八ツ橋くんのことを考えると、脳や手足が痺れる感じがする。

 八ツ橋くんの布団に包まれていると、なぜか安心する。

 八ツ橋くんの笑顔が、頭から離れない。

 八ツ橋くんの私を庇ってくれた時の声が、フラッシュバックする。

 八ツ橋くんが薔薇園さん相手に私を褒めていくれた言葉が、反芻するようにの脳に響く。

 わからない。すべてが、わからない。

 初めての感覚に、私の中のすべてが狂っている。

 これがいい感情なのか、悪い感情なのかもわからない。

 ただ、この心臓の高鳴りは……どことなく、離しがたいものだった。

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