第76話 怒る女神様
無事、白峰に来て初めての学校行事が終わった。
全校生徒からのアンケートの結果、おおむね好評だったようだ。
おおむね、というのは……まあ、例の伝統派が不満たらたらのアンケートを提出したからな。
伝統は大事だけど、そこまで固執することかね。
週明けの定例会議で配られたアンケート結果に目を通し、そっとため息をつく。
まあ、みんな仲良く手を繋いで〜なんて、小学生の学級目標だ。気にする必要もないだろ。
「八ツ橋生徒会長。話を聞いていますか?」
「え? あー、はいはい。卵焼きには塩コショウだよな、わかる」
「誰も好みの話なんてしてないわよ」
ごめんて。だから睨まないで。
「……再度周知します。来週には定期試験があり、その次の週には一年生の校外学習があります。なので、一年生の校外学習が終わるまで定例会議はお休みとします」
なんと、そんな話だったのか。
そいつは嬉しい。週一しかやらない会議だとしても、面倒なものは面倒だもん。
その分、勉強の時間が増えるけど。ぴえん。
「本日の会議も、これで終了します。各自学生の本分である勉強にしっかりと専念するように。以上です」
雪宮の言葉に、僅かにあった緊張感が緩んだ。
帰る前にスーパーで食材買わないと。確か冷蔵庫の中、何もなかったはずだ。
荷物をまとめて席を立つと、黒月がこっちに近付いてきた。
「はづきちー、おっつかれ〜」
「黒月。お疲れさん」
「きょーは勉強会どうする?」
「ん? あー……」
勉強会なぁ。定期試験まであと一週間だし、そろそろ追い込みに入りたいところ。
でも雪宮がなんていうか。
そんなことを考えていると、雪宮がこっちに近付いてきた。
「黒月副会長、八ツ橋生徒会長。試験まで日もありませんので、勉強会ではなく各自集中して勉強しましょう」
「むーん、それもそーだね。残念だけど仕方ないかー」
黒月は俺たちに手を振ると、駆け足気味に教室を出ていった。
雪宮の意見は最もだ。他人に教えたりするのも勉強にはなるが、やっぱり最後は自分で追い込まなきゃ。
「御三方は勉強会をしていたのですね」
「うぉっ……!?」
「っ……は、春風会計。驚かせないでください」
いつの間にか俺たちの後ろに立っていた春風さんが、にこにこと笑っている。
春風笑美さん。俺とは今回の校外学習で、少し話すようになった仲だ。
仲良しとか、友達ではない。まあいい距離感の相手って感じ。
「ごめんなさい、雪宮会長。仲良くこそこそとお話をしているものですから、気になってしまいまして」
「だ、誰も仲良くなんてないわよっ」
雪宮が食い気味に否定した。そんなに否定することか? ちょっと悲しいぞ、俺。
春風さんは相変わらず笑みを絶やさず、俺の方に近付いて耳打ちしてきた。
てか近ぇ。あといい匂い。
「本日もお二人で過ごすのですか?」
「ぅ。ど、どうでしょう」
「私には隠さなくてもよいのに。八ツ橋様って、恥ずかしがり屋様なのですね」
「やかましい」
別に恥ずかしがり屋ではない。こんな場所でその話題を切り出してほしくないだけだ。
気まずくなって顔を逸らす。
と、明らかに不機嫌な雪宮が俺を睨んだ。
「……随分と仲がいいのね、二人は」
「い、いや、そういう訳じゃ……!」
「はいっ。校外学習を通して、秘密を共有する仲に」
「ひみっ……!?」
はぁっ!? ちょ、春風さん何言ってんの!?
慌てて否定しようとすると、春風さんはいたずらっ子のような笑顔のまま、生徒会室を出ていった。
残されたのは俺と、愕然とした顔で固まる雪宮のみ。
──よし、逃げよう。
「じゃあな雪み──」
「八ツ橋くん」
「はい」
……あ。いつの間にか正座を。本能が勝手に負けを認めたか。
恐る恐る雪宮を見上げる。
笑顔だった。綺麗でかわいい笑顔だった。
が……その笑顔が、今は般若のように見える。
「八ツ橋くん。どういうことか、説明してもらえるかしら? 秘密って何? 八ツ橋くんと春風会計はどんな秘密を共有しているのかしら?」
「そ、それは──」
「言い訳したらちょん切るわよ」
ナニを!?
こほん。別に言い訳するようなマネはしないし、なんなら雪宮も関係あることだ。
あとちょん切られたくない。ナニがとは言わないけど。
……ん? なんで雪宮、こんなに怒ってるんだ?
わからん。女心、わからなさすぎる。
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