第77話 お人形のような女の子

「なるほど。そういうこと……」



 粗方の説明を終えると、雪宮は納得したように呟いた。

 いや、納得したというか、苦々しい顔をしているというか。

 とにかく微妙そうな表情だ。



「やっぱりまずいか……?」

「ええ。本来なら、私たちの関係がバレるのはリスクがあるわ。現実的に考えて、男女が半同棲なんて邪推されるのがオチよ」



 そりゃそうだ。俺が当事者だから、俺たちの間には「何もない」のは明確にわかっている。

 けど、周りはそうじゃない。絶対に怪しみ、絶対に邪推し、絶対に面白半分の話題として言いふらす。


 俺も逆の立場だったら、多分邪推してた。

 見つかったのが春風さんでよかった。もし春風さんがそういう類の人種だったら、今頃俺たちは何らかの罰を受けていただろうし。


 雪宮は息を吐くと、鞄を持って席から立ち上がった。



「秘密についてはわかったわ。春風会計にも、今度私からお話します」

「助かる」

「……これはしばらく、一緒に外へは行けないわね」

「ん? まあ、そうだな。でもそもそも、一緒に外へ行く仲でもないだろ」

「…………」



 ……な、なんだよ、その冷たい目は。

 え、俺変なこと言った?

 訳がわからず困惑していると、雪宮は盛大にため息をついて俺のひたいにデコピンをしてきた。



「あなたのそういうところ、嫌いよ」

「いきなり嫌いとか酷くない?」

「あなたの全てを否定してるわけじゃないわ。そういうところが、嫌い。それだけよ」



 ……意味がわからん。え、何? どゆこと?

 雪宮の言っている意味がわからず頭の中がはてなで埋め尽くされる。



「……先に帰るわ。施錠、お願いね」

「え。お、おう……?」



 結局、雪宮が言っている意味がわからないまま、この話は終わった。

 夕日の差し込む生徒会室で、一人取り残される。


 にしても……改めて考えると、みんな雪宮のこと好きすぎだろ。

 伝統派にしても、革新派にしても。雪宮が変わった、変わらないで大騒ぎしすぎだ。


 どんな雪宮だろうと、雪宮は雪宮だろ。


 それなのに、『雪宮氷花はこうあるべき』みたいなのは気に入らない。

 理想の押しつけとでも言うんだろうか。



「雪宮からしたら、余計なお世話なことこの上ないよな……」



 雪宮を神聖視したい気持ちは、なんとなくわかる。

 魅力的だし、近寄り難い雰囲気もある。


 けど、それを押しつけて寄り添おうとしないのは……はっきりいって、いじめと変わらない。


 本人たちからしたら、そんな自覚はないんだろう。

 厄介なことこの上ないな、これは。



「はぁ……帰ろ」



 そろそろ雪宮も、学校を離れた頃だろう。今から出ても鉢合わせることはない。

 さて、今日の夕飯は何を作ってやろうかな。


 冷蔵庫の中身を思い出しつつ、 生徒会室を出る。

 と、その時。目の端に誰かが廊下を走る姿が映った。

 視線をそっちにやるが、最後に見えたのは廊下を曲がり、スカートが翻った所だけ。

 誰だろうか。スカートの長さからして、雪宮や黒月ではなさそうだけど。


 思わず、そっちの方へ歩みを進める。

 ゆっくりと顔だけ曲がり角から出すと──ゴチンッ!!



「ふごっ!?」

「いぎっ!?」



 で、でこが……! 頭がァ……!

 突然の衝撃に、思わずしゃがみこんでしまった。

 いてて……なんなんだよ、いったい……?


 ひたいを抑えて、前を見る。

 ……女の子だ。女の子が、俺と同じように頭を抑えてうずくまっている。

 しかししゃがみ方がよくない。紫のレースががっつり見えてる。


 さすがにガン見はダメだ。脳内には保存させてもらったけど。

 立ち上がり、女の子に手を差し伸べた。



「ご、ごめん。大丈夫か?」

「は、はい……ッ! て、敵のほどこしは受けませんわ!」



 ……は? 敵?

 女の子は立ち上がると、ギリギリと俺を睨んできた。

 ……小さい。かなり小さい。俺の胸までの背しかない。

 髪の毛は金髪ロング。そして毛先が僅かにウェーブがかっている。

 そして……なんともまあ、ドールのような可愛さだ。小動物的というより、人形的な可愛さがある。

 女の子は地団駄を踏み、ビシッと俺を指さしてきた。



「この……野蛮な男! 氷花お姉様を解放しなさい!」



 …………。

 氷花お姉様?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る