第72話 邂逅

 割と恥ずかしいのか、女性は若干涙目で俺を睨んできた。

 俺悪くないよね。教えてあげただけだよね。

 今日は変な人にばかり出会う日だな……。

 もう用もないし、さっさと雪宮に追いついてしまおう。まだ雪宮と一緒にいた方が、落ち着くってもんだ。

 ……雪宮と一緒にいて落ち着くって、だいぶ末期だな。



「そ、それじゃあ、俺はこれで」

「はい。あまり女性をナンパしてはいけませんよ」

「だからしてません」

「冗談です」



 わかりづれぇ……ん? 今のやり取り、どこかでやったような?

 ……まあいいや。早くここを離れて……。



「おや? あなた……」

「はい?」

「……どこかで会ったことありますか?」

「え、ナンパ?」

「違います」



 いや、今のはどう考えてもナンパの手口の一つだろ。しかもだいぶ古いし。

 けど、この人は既婚者。そんなことするはずもない。

 しかし女性は、俺の顔を見て首を傾げた。



「やっぱりどこかで会っていますよ。どこでしたっけ?」

「知りませんが。勘違いでは?」

「私に勘違いさせたら大したもんですよ」

「何がだよ」



 どんだけ自分のこと過大評価してるんだ、この人は……。

 この人と話してると疲れる。なんとなく、居心地も悪い。



「まあいいです。それより、学生さんが何故ここに?」

「……校外学習で、ちょっと。レポートを書かなくちゃいけなくて」

「校外学習……なるほど、それでここを選んだのですね。センスありますよ、あなた」

「選んだのは俺じゃなくて、連れですけどね」

「そうだったのですね。その方とは仲良くなれそうです」



 それはやめた方がいい。

 あいつも初対面相手……しかも歳上なら、猫かぶるかもしれないけど。



「立って話すのもなんですし、座ったらどうですか? 幸い、ここには私とあなた以外にはいないので」

「え」

「何か不都合でも?」

「いやぁ〜……はい」



 不都合といえば不都合なような。

 雪宮と一緒に来てるから、あまり見られたくないのが本音だ。

 あいつのことだから、真面目に学校行事に参加してないってことでめちゃめちゃ怒るだろうし。

 でもこの人の誘いを断るのも、なんだか怖い。

 ここは我慢して、少しだけ話し相手に付き合うか。



「高校はどこですか? この辺?」

「個人情報なので黙秘権を行使します」

「うわ、高校生っぽい。最近覚えた言葉使える俺自分かっけーとか思ってそう」

「ちくちく言葉反対」



 俺だって傷付くときは傷付くんだぞ。

 あと、別にかっけーとか思ってないから。……オモッテナイカラ。



「えっと……お姉さんは、なんでここに?」

「あら。お姉さんだなんて、口がうまいですね。私はお仕事で来てるんですよ」

「仕事?」

「といっても、今日は休みなんですけどね。家にいてもあれですし、仕事に使えるものがないかチェックしに」



 うわ、社畜の鑑。

 休みの日にまで仕事のこと考えるなんて、俺には到底できない。



「疲れませんか、その生き方」

「今の会社を支える。それが私の生きがいですから」

「仕事が生きがいって……お姉さん、どっかの会社の役員?」

「いえ、社長秘書ですよ」



 社長秘書!?

 ここ最近で一番の衝撃だ。本当にいるんだ、社長秘書って。

 お姉さんはうきうきと自分の仕事について語っている。もちろん、伏せるところは伏せて。

 この人、本当に仕事が好きなんだな。そう思うくらいには、仕事人間だと言うのがわかった。



「まあそういう経緯がありまして、会社のために日々勉強しているのです」

「すごいですね。俺、将来会社にそこまで献身的になれるとは思えません。今の生徒会だって、面倒くささが勝ってるのに」

「あなた、生徒会なんですか。私の娘も生徒会なんですよ」

「へぇ……ん?」



 なんだろう、この話。どっかで聞いたことあるような、ないようか。

 絶対初めて聞いた話なのに、どこか懐かしさを感じるのは何故?



「あ……そうだ。お姉さん、お名前は?」

「相手に名前を聞くときは、まずご自身の名前を言うのが先ですよ」



 こ、細かい……社会人だから当たり前なのかもしれないけど。



「……俺は──」






「八ツ橋くん」






 あ、雪宮。

 名前を呼ばれてそっちを見ると、若干怒っている雪宮がいた。

 やっぱ怒ってる……!



「こんなところで油を売って、何を……ぇ……?」

「あら……氷花さん」



 お姉さんが、雪宮の名前を呼ぶ。

 え、何? お知り合い?

 ……………………あ。あぁ〜……まさかっ。



「ゆゆゆゆゆ雪宮っ、早く行こう。な? それじゃあお姉さん、お邪魔しました……!」

「ちょっ、八ツ橋くん……!」

「待ちなさい」



 雪宮の手を取って立ち去ろうとする。

 が、さっきまでの優しい言葉とは違う、威圧感のある声に、思わず立ち止まってしまった。



「氷花さん、こんにちは」

「……美乃、さん……」



 くっ、やっぱり……! どうして俺、気づかなかった……!

 汗を垂らして、雪宮の手を強く握る。

 この人は、雪宮美乃。


 ──雪宮氷花の、義理の母だ。

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