第63話 絶対に──
「ごちそうさまでした」
「お粗末様でした」
すごいな。結構な量だったのに、最後まで食べきったぞ。
やけ食いというか、キレ食いって感じだったけど。こんな爆食する雪宮、初めて見た。
「ふぅ……ごめんなさい、八ツ橋くん。私からいらないって言ったのに、いきなり……」
「気にすんな。もともと、雪宮と食べるために作ったんだからさ。一緒に食えてよかった」
「……あなたって……」
「ん?」
「……なんでもないわ」
え、何? どしたの?
雪宮は満足したのか、深く息を吐いて目を閉じた。
これは、ココアも入らなそうだな……オレンジジュースを出してやるか。
「あ、ありがとう」
「いや、たまにはな。疲れてるみたいだし、こういう甘さの方が嬉しいと思って」
「ぅ……やっぱりわかった?」
「当然だろ。見るからに疲れてるじゃん」
「……隠してたつもりだったんだけどなぁ……」
隠せてるつもりだったのか。
いつも見てんだから、少しの違いもわかるだろ。あんまり俺を舐めるな。
雪宮の前に座って、俺もオレンジジュースを飲む。あぁ、甘い。
「……聞かないのね。何があったのか」
「聞いてほしいのか?」
「……少し」
ふむ、本当にやばそうだな。メンタルが相当やられてる。
「今日はどうしたんだ? 用事は仕方ないけど、そんなに疲弊してるなんて……」
「……義母から連絡があったの。それで、少し実家に顔を見せに、ね」
「なんだって……!?」
確か雪宮と雪宮の義母って、めちゃめちゃ仲悪いんじゃなかったか?
是清さんとは少しだけ距離は縮まったはず。
でも、あれから義理の母親の話は聞いていない。
何もアクションがないとは思ってたけど、まさかこのタイミングで雪宮に連絡してくるなんて。
「な、何か言われなかったか? 嫌味とか言われたり、愚痴とか言われたり、文句言われたり、ねちっこく言われたり、ぐだぐだ言われなかったか?」
「あなたの義母に対するイメージはよくわかったわ。まあ、おおむねその通りなのだけど」
雪宮はグラスを置くと、小さく息を吐いた。
まるで、うちに溜まったストレスを吐き出すように。
「夕食を食べながら話したの。そこで少し……まあ、いろいろ言われて。ほとんど食べずに逃げ出してきたわ」
「そういうことだったのか。それで……」
互いに嫌っているのに、その相手からうだうだ言われたら精神的に削れるに決まってる。
それにこの時間まで何も食べなかったら、腹も空くよな。
「腹は膨れたか?」
「ええ、お腹いっぱいよ。お陰様で、マイナスのことを考えなくて済むわ」
「腹が減ると、どうしても気分が落ち込むからな」
雪宮の顔色も元に戻ったし、口調もいつも通りだ。
けど、まだ心の片隅に義母から言われたことが引っかかっているのか、本調子ではなさそうだけど。
「何言われたのか、聞いてもいいか?」
「大したことないわよ。ただ、家事全般できないのに一人暮らしができるのかとか、どうせ部屋汚いとか、お父さんが来る時だけ綺麗にしてるとか……やんわり言うと、そんな感じね」
「お、おう。そうか……」
やんわり言ってそれか。どんだけ辛辣な言葉を掛けられたんだ。
この一ヶ月、部屋はずっと綺麗だし、家事も大体できるようになった。
料理も覚えてるし、いつ俺がいなくなってもやっていけるくらいには成長してる。
それを、全く見てないくせにとやかく言うのか……。
「腹立つな」
「や、八ツ橋くん……?」
「雪宮は頑張った。頑張っていろいろとできるようになった。それを見ず、確かめもせず、影でグチグチ言う……そういう奴が一番嫌いだ。大っ嫌いだ」
努力は見えずらいものだ。
第三者から見たら、結果が全てかもしれない。
けど結果がいい、悪いに関わらず、その人が全然努力してないなんてことはない。
結果がいいからと言って、その人の努力を『天才だから』で片付けていいはずがない。
結果が悪いからと言って、その人がサボってるわけではない。
それを認められない奴は……大嫌いだ。
「雪宮、俺はお前の努力を近くで見てきた。お前がすごい奴ってのは、俺がよく知ってる。だから気にするな。俺だけは絶対に、お前の味方だから」
「────」
雪宮の目が見開かれる。
と、直ぐに咲き誇る花のように笑った。
「口説いてる?」
「そんなんじゃないって知ってるだろ」
「ええ、知ってるわ。……ありがとう。その言葉で、私はまた頑張れる」
憑き物が取れたのか、雪宮の表情から暗い感情が消える。
雪解けし、春が来たように。
雪宮の頬は、薄桃色に染まっていた。
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