第62話 素直

   ◆◆◆



「ふん、ふん、ふーん……♪」



 雪宮のいない夜は久々な気がする。

 今日ばかりは自由に過ごさせてもらおう。勉強も、ちょっとくらいサボっても問題ないだろ。

 積み本を消化するのもいいし、アニメを見るのもいい。

 さて、何して過ごそうかな。

 ソファーに座って、コーヒーを片手に何をするか考える。



「…………」



 ちく、たく、ちく、たく……。

 時計の秒針が進む音が、部屋に響く。

 その音がやけに大きく聞こえて、思考が定まらずぼーっとする。

 ぼーーーーーー……。

 ……あれ? ダメだ。何もする気が起きないぞ。

 ダメだ。とにかく行動しないと……!

 部屋から漫画やラノベを持ってきて、リビングで読み耽る。

 頭の中を空っぽにし、文字を目で追う。

 …………。

 ………………。

 ……………………。



「だー! 集中できん!」



 なんかわからないけど、一人でいることに違和感を感じる!

 前はそんなことなかったろ、俺!



「……夕飯、作るか」



 雪宮がいないから簡単に……と思ったけど、昨日から唐揚げ用に肉を漬けてたんだっけ。雪宮が食べたいって言ったから。



「自分から食べたいって言って、自分でいらないとか……わがままだな、あいつ」



 せっかく雪宮のために準備したのに。

 ……あ、いや。ダメダメ、こんな思考。

 あいつにも急用があるんだし、縛るようなことをするべきじゃない。

 というか、俺があいつを縛る権利とかないから。

 何考えてんだ、俺は。



「でも、せっかくだから揚げるか」



 気がつくと時刻は既に十九時。

 俺のお腹はぺこちゃん。お口は唐揚げの気分。

 一人だと揚げ物って面倒だけど、美味さの前には面倒くささもある種のスパイスだ。

 無心になって唐揚げを揚げていく。

 ジュワッという音。ぱちぱちと弾ける音。部屋に漂う香ばしい香り。

 これこれ、これよ。

 食欲が爆発寸前だ。

 最後の一つを揚げ終え、予約設定していた炊きたての米を茶碗に盛る。

 サラダはあえてなし。

 どシンプルに、白米と唐揚げだけだ。



「雪宮がいれば、彩り豊かにするけど……今日くらいはいいだろ」



 椅子に座って、改めて唐揚げを見る。

 ……多いな。かなり多い。

 雪宮、帰ってきたら食わないかな……?

 それか明日の弁当になるけど。

 ま、帰ってきてから聞けばいいか。



「いただきま──」



 ピンポーン。

 ……えぇ。誰だよこんな時に。

 訪問販売か? 勧誘か? 宗教か? いずれにしろ追い返してやる。

 ちょっとイラッときたけど、一応インターホンの画面を確認。

 ……あれ、雪宮? なんで……?

 とりあえず急いでドアを開けると、疲れた笑みを浮かべた雪宮が立っていた。



「どうしたんだよ、いったい。……って、ここじゃなんだし、まずは中入れ」

「……ええ、お邪魔します」



 おかしい、雪宮がこんなに疲弊してるなんて……。

 しかも疲れ方が、楽しい時の疲れ方じゃない。嫌なことがあった時の疲れ方だ。

 まるで、義母からの連絡が来た時みたいな……。

 リビングに入ると、雪宮の視線が唐揚げに釘付けになり。

 ──ぐるるるるるるるぅ〜……。

 直後、特大の腹の音が部屋に響く。



「……雪み──」

「お腹空いた……」

「……え?」

「……お腹、空いたわ。……食べてもいい? あなたのご飯」

「お……おう。俺も今からだから、一緒に食うか」

「ええ」



 雪宮が手を洗っている間に、雪宮の分のご飯をよそう。

 さすがに時間がないから、サラダは無しだ。

 雪宮と向かい合い、手を合わせる。



「いただきます」

「いただきます。あむっ」



 余程腹が空いてたのか、手を合わせるなり直ぐに唐揚げに手を付けた。



「どうだ?」



 つっても、どうせ「まあまあね」とか言われるんだろうけど。もう慣れた。



「……おいしい……」

「……え?」

「おいしいわ、八ツ橋くんのご飯」

「……あ、ありがとう……?」



 えぇ……いつも絶対美味いって言わない雪宮が、俺の料理を褒めた……?

 あ、いや。最近は雰囲気で察せられるけど。

 でもこんなド直球に言われると照れるというか……ちょっと怖い。

 どうしたんだ、本当に……?

 ……聞きたい。何があったのか、聞きたい。

 けど……今は飯に集中させてやるか。

 もきゅもきゅも一心不乱に食べる雪宮を見ながら、俺も唐揚げに手を付けたのだった。

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