第49話 いざ鎌倉

 そして土曜日。今日が雪宮と黒月と一緒に、鎌倉へ向かう日だ。

 待ち合わせ場所は駅前。念の為、雪宮とは時間をずらして家を出ることに。

 俺はすでに駅前にいて、一人で雪宮と黒月を待っている。

 けど……。



「遅いな……」



 約束の時間は十時。でももう十分も過ぎている。

 黒月は遅刻のイメージあるけど、雪宮が遅刻だなんて珍しい。こういう時、きっちりしてると思ったんだけど。

 ……まさか、どっかで事故に遭ったとか?

 ……いや、大丈夫だろう。アパートから駅まで、事故に遭うようなポイントはないし。

 多分、なんらかの理由で遅れてるんだろう。気長に待つか。

 駅前にある時計塔をボーッと眺めて待つ。

 ぼ~~~~~……。



「はづきち?」

「うお!?」



 びびび、びっくりしたぁ……!

 いきなり俺の顔を覗いてきたのは、私服姿の黒月だった。

 きょとんとした顔をしているけど、急にいたずらっ子のような笑顔を見せる。



「なになに~? 陽子ちゃんの顔がよすぎてびっくりしちゃったぁ?」

「ち、違うわい」



 誰だっていきなり顔を覗かれたらびびるだろ。

 ……顔がいいのは否定しないけど。だって可愛いし。

 だけど、女子への耐性の少ない男子高校生を舐めるなよ。

 雪宮とはそういった距離感じゃないから、顔が近いのに慣れてないんだよ。

 黒月はぬへへっと笑顔を見せると、両手でびしっと敬礼した。



「改めてはづきち、おっはよー!」

「……おはよ、黒月」



 黒月の恰好を見る。

 黒のショートパンツに白のキャミソール。その上からベージュのロングカーディガンを羽織っている。足元は歩きやすいようにスニーカーだ。

 首からネックレス。耳にはイヤリング。腕にはブレスレットと、結構装飾品は付けているが……意外とシックというか、可愛らしい格好だ。

 黒月のことだから、もっと際どい格好で来ると思ったんだけど。



「いやぁ、ぎりぎりセーフだね!」

「どこがだ」



 十分の遅刻をギリギリセーフって、どこの世界線の時間間隔だ。



「まあまあ、いーじゃないの。……あれ、氷花ちゃんは? まだ来てないの?」

「ああ。連絡もない」

「ウチにも来てないなぁ。あの氷花ちゃんが時間に遅れるなんて、どーしたんだろう。心配だなぁ」



 やっぱり前からあいつを知ってる黒月からしても、雪宮の遅刻はありえないことらしい。

 さすがに連絡しておいた方が……。



「あ。はづきち、氷花ちゃん来たよ」

「え?」



 黒月の視線の先を見ると……いた。こっちに向かって走っている雪宮が。

 可愛らしい薄水色のシャツに、白のカーディガン。下は七分丈のベージュのパンツで、肩からは小さいかばんを下げ、足元はこぎれいなパンプスを履いている。

 髪もサイドポニーにされていて、いつもより活発な印象だ。

 いつも俺の家に来るときは、汚れてもいいように動きやすい服装だが……今の雪宮は違う。

 間違いなく、オシャレ着だ。こんな雪宮、見たことがない。

 急いで走って来たのか、ひたいに薄らと汗をかいて息を荒げている。



「はぁ、はぁ。ご、ごめんなさい。ちょっと着る服を選ぶのに悩んじゃって……!」

「いや、俺は大丈夫だけど……」

「ウチもさっき来たところだから、もーまんたい! にしても氷花ちゃん、かわゆいおよーふく着てんねぇ~。ぬへへ、一緒に写真撮ろう!」



 黒月が、雪宮と一緒に自撮りをする。

 確かに……可愛い。

 いつも可愛いけど、この間一緒に猫グッズを買いに行ったときの洋服とは、印象も違う。

 人って、洋服ひとつでこんなに印象が変わるんだな。



「ちょ、黒月さん、近い」

「えー、いーじゃんいーじゃん。遅刻したバツだよん」



 お前も遅刻しただろ。何自分のことを棚に上げてんだ。



「おーい、二人とも。そろそろ電車乗るぞ」

「あーい! 氷花ちゃんとお出かけ、楽しみ~!」

「黒月さん。これはお出かけじゃなくて、校外学習に向けた事前調査なのよ。って。ひ、引っ張らないで……!」



 この間の喫茶店でのことがあってから、黒月の雪宮に対する距離感が一気に縮まったような気がする。

 雪宮も戸惑ってはいるけど、満更でもなさそう。

 そんな二人を眺め、俺も後を付いていくのだった。

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